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不意打ちの論理

2018年6月号

山本由香理

某社のセキュリティ対策担当のA君は悩んでいた。「標的型攻撃メール訓練」つまり悪意者が送る偽装メールを見破る訓練の実施が彼の仕事である。この類の訓練には様々なやり方があるが、今回は不意打ちで実施し社員の挙動を確認する方針だ。ただし完全に予告せず行う訓練は、無用なトラブルにも繋がりかねない。そこで彼は全社に通知を出した。

 「標的型攻撃メール訓練を、来週の月曜から金曜のいずれか“予想できない日に実施”します。気を引き締めて対処して下さい」

 この通知を読んだ上司は笑ってA君に言う。

 「“俺は訓練が今日だと予想していた”と言う相手への回答を考えておくんだぞ」

  ――この例題がどこまで実話かは兎も角、さてA君は何曜日にメールを送れば「彼の予告した訓練」を実施できるのだろうか。金曜が訓練日の場合、木曜夜に「訓練は明日だと予想可能だから、“予想できない日に実施”という条件を満たしていないのでは?」と電話が鳴る可能性は大いにある。木曜にすれば、水曜夜に「金曜は今言った理由で実施できないのだから消去法で実施日は木曜だ!」と電話が鳴る。その論理を順に手繰っていくと実施できる日は1日も存在しなくなり、つまり訓練は実施されない。

 今更それに気付き青ざめるA君に、上司は平然と水曜に訓練を実施するよう指示する。案の定電話が鳴って、それを取った上司はこう返す。「訓練をどの日も実施できない、という論理で予想していたのなら、今日の実施も予想できていなかったということでしょう?」A君は呆然としているが、こうして訓練は無事に実施されたのだった。

 これは有名な「予期せぬ絞首刑のパラドックス」だ。訓練が実施できないと考えた人間は、金曜から順に実施される可能性を潰していけば論理的に訓練は実施できない、と演繹する。しかし訓練を実施する側は「どの日も実施できない」という予想がされたならそれこそその瞬間に、「(実施が予想されないのだから)いつでも実施」できる。更にA君の通知自体の真偽を問えば、その後の推論はすべて間違いになる。訓練が実施されないかもしれない、という前提の否定を許容するなら「実施されるという確証がない日に予期しない訓練」は当然実施可能だ。

 矛盾した前提を拠所とした「正しい論理」は空転し現実と乖離する。日常の中で「論理的に正しい」とされる物言いは大抵強い力を持つが、その論理というものが成り立つのは、「正しい条件設定/前提」が整っている場合のみだ。かくして、その点を忘れて用いられる「論理」は、クリックしてしまった偽装メールを前に、こんな筈では…と呟かれる類のものともなりかねない。「論理的」のご利用の際は、くれぐれもご注意を。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

山本由香理

山本由香理Yukari Yamamoto

資産運用サービス事業二部
システムコンサルタント
専門:資産運用ソリューション企画

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