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中央銀行のコミュニケーション・ポリシー

2018年6月号

金融イノベーション研究部 主任研究員 石川純子

先進各国の中央銀行が緩和政策の出口を見据えて動き始める中、中央銀行のコミュニケーション・ポリシーが論点の一つとなっている。英国のイングランド銀行(BOE)は、近年コミュニケーション・ポリシーの改革を推進しており、より広く一般の国民の、金融政策に関する理解度を高める試みに取り組んでいる。

中央銀行のコミュニケーションとは

 米国や英国で利上げが開始され、ユーロエリアでも緩和スタンスの転換が探られるなど、先進各国の中央銀行が金融緩和の出口を見据えて動き始めている。こうした中、「中央銀行のコミュニケーション・ポリシー」のあり方に注目が集まっている。スムーズな政策転換には、中央銀行が自身の政策判断や目的、手段、波及メカニズムについて、周囲ときちんとコミュニケーションを図ることが重要だ、という考え方である。

 例えば、2013年5月のテーパー・タントラムは、当時のバーナンキ連邦準備制度理事会(FRB)議長が、市場が全く予想しない中で量的緩和縮小を示唆したために生じた国際金融市場の動揺であり、コミュニケーションの失敗の例と言えよう。

 ここで、コミュニケーションの相手は誰なのか?という問いがある。「市場との対話」という言葉があるように、中央銀行のコミュニケーションの相手として市場参加者が想定される向きが強い。費用対効果を考えれば、金融政策の波及経路として第一のカウンターパートである市場参加者と集中的にコミュニケーションを図るという姿勢は理解できる。一方で、近年、広く一般国民や国際社会に対し、対話能力を強化しようとする試みもみられる。

英国のイングランド銀行の取り組み

 英国のイングランド銀行(BOE)は、「コミュニケーション・ポリシー」改革に力を入れている中央銀行の一つだ。目下、英国ではBrexitという大きな政治イベントが控えている中で、海外資金への経済依存度が高まっているため、国内経済のみならず国際資金フローの動向にも注視が必要な状況になっている。こうした下で、国内物価は、既往のポンド安と労働市場の逼迫の影響から、消費者物価指数(CPI)が3.1%まで上昇した。そこで、昨年11月、BOEは10年ぶりの利上げに踏み切ったという経緯がある。BOEとしては、金融政策の転換が経済や金融市場に無用な混乱をもたらすことがないように、うまくコミュニケーションを強化しなければならなかったという事情もあっただろう。以下では、その具体的な取り組みを紹介しよう。

 第一に、BOEのホームページ、特に、インフレーション・レポート(以下IR)」の公表ページが刷新された。IRは、四半期に一度CPI・GDP見通しや、その根拠となる金融・経済情勢判断を示す、BOEの中でも最も重要な公表物の一つである。これまではIR本体と、総裁記者会見のトランスクリプト、IR内で使用されたデータの公表が中心だったが、昨年11月、専門知識の少ない読者や英語を母国語としない外国人にも理解しやすいように、イラストを多用し、平易な言葉でポイントのみを示す、新たなページが加えられた(※1)。

 この刷新に関連し、BOEのチーフエコノミストであるAndrew Haldane氏が論文(※2)を発表している。Haldane氏らはサーベイ調査をもとに金融政策に関する理解度を示す指標を作成し、若いほど、また教育水準や所得水準、社会的地位が低い人ほど、金融政策に対する理解度が低いという結果を得た。また、中央銀行に対する満足度は、金融危機後にかけて低下した後、今も危機前の水準を回復できておらず、これまでのBOEのコミュニケーションが不十分だったことを示唆していると結論づけた。こうした現状を打開するための一つの取り組みが先のIRの公表形態の刷新だ。変更後、BOEのHPへのアクセスは当該ページを中心に顕著に増加し、企業経営者(※3)を対象に実施したサーベイ調査では、70%以上が、新たな公表形態がIRの理解に役立ったと答えたという。

 第二に、YouTubeや、SNS・ブログ(Bank Underground)を用いた情報発信の活用だ。カーニー総裁自身も「BOEの公式文書による説明よりも、ソフトな媒体を通じた情報発信の方が、国民に支持されるようだ」と語っており(※4)、例えば、総裁のスピーチはいつでも自由に動画でBOEのHPから閲覧できるし、上記ブログへの投稿もBOE職員により比較的自由に行われているという。

 第三に、政策委員による情報発信の強化だ。昨年の利上げ前にも、総裁を含む多くの委員が近い将来の利上げを示唆する講演を行い、市場参加者らが事前に利上げを織り込むことにつながった。また、政策委員が、決定会合後1か月経たないうちに、講演などの場を通じて自身の政策判断と投票について仔細な説明を行うこともある(※5)。政策委員には、議会での説明のほか、講演を通じた情報発信が義務付けられており、政策決定会合の議事要旨では示されない、政策判断に関する詳細な意見を周知することに役立っている。

コミュニケーションの難しさと今後への示唆

 もっとも、中央銀行のコミュニケーションには「分かりやすさ」と「説明責任の達成」のトレード・オフとも呼ぶべき難しさが伴う。中央銀行が独立性を獲得するために歩んできた歴史を振り返ると、本来中央銀行のコミュニケーション・ポリシーは、独立性の付与と一体となった議論(※6)だった。政府は、国民の投票を経ていない政策委員が、政府から「独立して」金融「政策」を決定することを認めると同時に、中央銀行に対して、政策判断に至った過程や根拠を政府や国民、あるいは国際社会に十分に説明する責任を果たすことを求めた。しかし、政策効果の最大化というスローガンの下で、一般国民の理解を深めることが過度に重視されれば、メッセージの簡素化が行き過ぎ、極端な解釈を促す可能性がある。金融政策は高度に専門的であるがゆえに政策委員という専門家集団に託された経緯に鑑みると、その簡素化プロセスで捨象されてしまう「前提条件や留保条件」-すなわち「複雑さ」や「瑣末なリスク」-の中にこそ、金融政策の醍醐味や中央銀行の存在意義があるともいえよう。もちろん詳細なレポートは従来通り発表されるとしても、簡素化されたメッセージが一人歩きしてしまえば、コミュニケーション・ポリシーの変更が、結果的に「説明責任の達成」を阻害し、長い歴史の中で培ってきた中央銀行の独立性と信認を脅かすリスクをもたらしうる。

 BOEの取り組みはまだ新しく、その効果の評価には時間を要するだろう。しかし、先進各国の中央銀行が政策転換期に差し掛かる中で、何を目的に、誰に対して、どのようなコミュニケーションを図るのか、ということを十分に議論し、国民に伝えることは重要であり、それこそが円滑なコミュニケーションの第一歩となろう。BOEの取り組み姿勢から学べる点は少なくない。

1) https://www.bankofengland.co.uk/inflation-report/2018/may-2018/visual-summary
2) Andrew Haldane and Michael McMahon,“Central Bank Communications and the GeneralPublic,” 2018
3) BOEは英国全土に12の支店(agency)を有し、地元企業を中心とした9000のコンタクト先をネットワークとしている。政策委員による支店訪問は年間60回、支店開催の講演会は年間600回と、地域経済とのコミュニケーション強化も重要視されている。
4) 2017年9月に開催されたBOE金融政策独立20周年の記念コンファレンスにおける発言。https://www.bankofengland.co.uk/events/2017/september/20-years-on
5) 例えば、Michael Saunders 委員は、2018年3月22日の金融政策決定会合において、25bpsの利上げを主張した。本会合ではSaunders委員を含めた2名が利上げを主張したものの、多数決において政策金利の据え置きが決定された。Saunders 委員は、4月20日、大学における講演“Why raise rates? Why “Limited and
Gradual”?”(BOEのHPで閲覧可能)にて、自身が利上げを主張した背景について、詳細な説明を行っている。
6) 中央銀行の独立性、日本銀行法改正をめぐる議論の詳細は、2018年3月19日に開催した第44回金融市場パネルの議事内容を参照されたい。
http://fis.nri.co.jp/~/media/Files/fmp/fmp/jp/fmp_44_2_summary.ashx

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

石川純子Junko Ishikawa

金融イノベーション研究部
主任研究員
専門:英国をはじめとする欧州の金融経済

注目ワード : ブレグジット

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