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米国の保護主義が重くのしかかる世界経済

2018年5月号

未来創発センター 戦略企画室 上級エコノミスト 佐々木雅也

トランプ政権が、今後、輸入面での保護貿易の実行や為替政策への介入といった形で通商政策の「実績」を積み重ねていくと、その「実績」は重石となって世界経済にのしかかってくることになると考えられる。

サプライチェーンを逆流していく保護主義のうねり

 米国では今年に入ってから、トランプ政権が貿易政策において保護主義的な姿勢を一段と強めており、このことが世界の金融市場を大きく揺るがし始めている。

 トランプ政権の貿易政策の原則は、自由、公正で相互互恵的な貿易関係の(再)構築である。これは、かつて日米貿易摩擦でレーガン政権などが主張していた論理と何ら変わるものではなく、先日、合意をみた米韓FTA(自由貿易協定)の修正は、そうした旧来からの理念に基づいた交渉結果の典型例と言ってよい。

 だが、日米貿易摩擦が大きな問題となっていた1990年代前半までと現在とでは、世界を取り巻く貿易の構造が大きく異なっている。この間にサプライチェーンによるものづくりが著しく発展してきたからだ。

 日米貿易摩擦の頃のように高度なサプライチェーンができる前の時代であれば、100ドルの製品Xが日本から米国に輸出される際には、日本のなかで必要な部品の調達から加工までのすべての生産工程が行われることが普通だった(※1)。この場合では、日本から輸出された100ドルの製品Xに含まれる価値は当然のことながら、すべて日本で生み出されている。

 ところが、現在のようなサプライチェーンによる生産工程では、同じ100ドルの製品Xを作る場合でも、その過程のなかで国境を跨いだモノの移動が活発になる。

 例えば、日本では以前と違って、製品Xに不可欠な部品Aの一材料となる素材のみが作られて、それが韓国に輸出される。韓国では、その素材をもとに部品Aを作って中国に輸出をするが、その中国では部品Aに限らず、他に必要な部品を他国から集めて製品Xを組み立て、ようやく米国に輸出するといった具合になる。

 この場合、貿易統計には、100ドルの製品Xが中国から米国へ輸出されたと記載され、現在のトランプ政権はこの統計をもとに、中国などと貿易不均衡の議論を行っている。しかし、その中国は、製品X全体の価値に相当する100ドル分の作業を行ったわけではなく、他の国で作られた様々な部品を集めて単に組み立てただけに過ぎない。仮にその中国での組立作業の手間賃が10ドルだったとすると、製品Xが持つ100ドル分の価値のうちの90ドル分は、実は中国ではなく、製品Xのなかにある部品Aの材料を提供した日本など、その他の国々に帰属することになるはずである。

 このように、現在のような複雑な貿易構造のもとでは、従来のような国別の貿易収支と、製品の付加価値を実際に生み出した国ごとに組み直した貿易収支との間に大きなずれが生じることになる。いささか古い統計になるが、2016年にOECDが算出した付加価値ベースの貿易統計によると(図表)、2011年の日韓台の対米貿易黒字(財・サービス)は、付加価値ベースでの黒字額が名目値を大きく上回る一方で、中国の対米貿易黒字は付加価値ベースの値が名目値の65%に留まっている(※2)。

 だとすると、今後、トランプ政権が意図する米中などの二国間での貿易不均衡の修正が、輸入関税の引き上げや数量規制といった、経済活動を縮小させかねない形で行われることになれば、その悪影響は直接の交渉相手国だけに留まらず、サプライチェーンを逆流して多くの国に広がっていくことになると考えられる。

韓国の金融政策もトランプ政権次第に?

 また、3月に合意した修正米韓FTAでは、為替政策にも触れており、そのなかには、競争的な通貨の切り下げや為替介入の禁止だけでなく、通貨政策の透明性や説明責任に関する言及もある。

 韓国は近年、大幅な経常黒字を計上し続けており、2014年には対外純資産国になっている。そうした国の通貨は、ペースはともかく中長期的には増価しているはずなのだが、現実にはそうはなっておらず(※3)、米国はトランプ政権になる前から韓国の為替介入の不透明さなどに強い不満を持っていた。今回の合意に為替政策が含まれたのには、そうしたことが背景の一つにある。

 しかし、韓国の経常収支が大幅な黒字だとしても、実際の為替レートは、両国の金融政策の方向性の違いといった金融面の要因も加わって変動するので、常に経常収支が指し示す通りにはならない。

 現に米国は、既に完全雇用の状態に達しているだけでなく、量的緩和の解除など金融政策の正常化を進めている最中であり、政策金利だけでなく長期金利にも上昇圧力がかかりやすい。その一方で、韓国の経済状況は米国の全く逆であり、昨年こそ実質経済成長率が3.1%に達したものの、人々の景況感は決して強くなく、年間3~4回の利上げはとてもできそうにない。これだと、金融面からは自ずとウォン安の圧力がかかってくる。

 仮に今後、米韓両国がこのように自国の事情に合わせて独立的に金融政策を実施し、韓国側が合意に基づいて為替介入といった直接的な為替政策を控えるようになったとしよう。ところが、3月末に米国側から公表された声明のなかでは、為替政策に関する合意の範囲が明確ではないため、互いが独立的に決めた金融政策によって生じた韓国ウォンの減価圧力が「間接的な」為替誘導だと米国側が解釈すれば、韓国側はそれに対して説明責任を果たさなければならなくなる。

 これでは、韓国は為替政策だけでなく金融政策も、実質的にトランプ政権の手に渡してしまったことになりかねない(※4)。韓国経済はただでさえ家計部門の負債が大きく、金利の上昇に弱い環境にあるが、場合によっては通商政策の観点から不必要な利上げを強いられ、景気を冷やす可能性も出てきたように思われる。

 2018年11月の中間選挙や2020年の大統領選挙を見据えると、トランプ政権は「米国第一主義」に基づく強面の通商政策をさらに推し進めていく可能性が高い。しかし、ここまで見てきたように、これらの政策がもたらす世界的な悪影響は小さくなく、同政権が今後、通商政策で実績を重ねていけばいくほど、その悪影響は世界経済に重くのしかかってくることになるだろう。

1) 議論を簡単にするために、鉄鉱石や原油などの一次産品の輸入分は除いている。
2) 本稿を執筆した時点でOECDから入手できるデータは1995年から2011年までである。
3) 米ドル/韓国ウォンのレートは、2014年には一時、1ドル1000ウォン程度にまでウォン高が進んだが、それ以降は一転してウォン安となり、2016年にかけて2割ほど下落した。その後は極めて緩やかなペースでウォン高が進んでいるが、それでも2014年の高値水準にはまだ達していない。
4) もっとも、これは、①自由な資本移動、②為替レートの安定、③独立した金融政策の3つを同時に達成することは出来ないとされる「国際金融のトリレンマ」そのものだともいえる。韓国の場合、これまで実際に為替介入をしていたのであれば、「自由な資本移動」を放棄して残りの2つを採用していたことになるわけだが、今回の米韓FTAの合意によって、韓国は「自由な資本移動」を認めざるを得なくなった。そのため韓国は今後、トランプ政権に対して「為替レートの安定」か「独立した金融政策」のいずれか(もしくは両方)を“貢ぎ物”として出さざるを得なくなったことになる。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

佐々木雅也Masaya Sasaki

未来創発センター戦略企画室
上級エコノミスト
専門:マクロ経済分析

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