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学習は遺伝できるか?

2018年5月号

外園康智

生物には、大きく2つの環境適応メカニズムがある。一つは、個体が生き残り子孫を残すことで遺伝子が変化する「進化」。もう一つは、各個体の経験や環境との相互作用を通して自らを作り変える「学習」だ。進化は、長期間かつ離散的な、現実空間上のハードウェア変更だ。一方、学習は、環境からどのような情報を取得するか決め、生存に必要な情報のロスを最小化(※1)することが目的の、短期間かつ連続的な、情報空間上のソフトウェア変更である。

 ここで「ある個体が学習で獲得した形質が、遺伝情報として子孫に受け継がれるか?」という問題がある。19世紀初頭に、進化生物学者のラマルクがこれをイエスと考えたのは有名だ。しかしながら、現在は、獲得した形質の遺伝子への逆コーディングの仕組みはないとするのが一般的な見解だ(※2)。つまり、学習が進化に“直接”影響することはない。

 では、なぜ学習は遺伝子に影響しないのか?諸説あるが、1つの環境に特化した学習をしすぎると、環境変化に弱いことが挙げられる。もし学習だけが最適ならば、1つの個体が世代交代せずに永遠に生き続けることが、生物の最適戦略になってしまう。

 そして、心理学者のボールドウィンは、個体の学習が集団の進化に方向性を与え、獲得形質が遺伝するシナリオはあると主張した。学習により、その形質を獲得している個体が次世代に多く子孫を残すからだ。結局、学習と遺伝機構は、うまく役割分担しているのかもしれない。

 AIにも多くのアルゴリズムがあり、遺伝・学習を模した遺伝的アルゴリズムとディープラーニング(DL)が有名だ。DLは大きな成果を上げているが、その理由は何だろうか。現実をモデル化して有り得る可能性を考慮した世界(=情報空間)は、現実よりも大きい。したがって現実内だけの最適解よりも、情報空間内の最適解は価値が高くなる。また、情報空間は連続データなので“微分可能”であり、真の最適解が得られやすいからだと考えられる。

 ただし、あらゆる問題を最適に解く“汎用アルゴリズム”は存在しないことが知られている。これは、情報学のノーフリーランチ定理と呼ばれる。つまり、DLも万能ではなく、我々は、解こうとする問題の知識(=環境)を可能な限り使用して、適切なアルゴリズムを選択すべきことを示している。

 ところで、もし学習をDNA進化に直接反映できる存在が誕生したら、どうなるだろう?AIなら簡単にできそうなのだが、それこそ、人類を超えるものになるのかも知れない。

1) 現実世界の行動と、情報世界の処理は“双対問題”と言える。
2) DNAの働きを調節する機構を通じて、獲得性質が遺伝するのではないかという最新の研究もある。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

外園康智Yasunori Hokazono

金融デジタル企画一部
上級研究員

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