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宇宙は可逆か不可逆か?

2018年3月号

外園康智

文章の執筆やPCの操作時に、手順を間違えて何手か前に戻りたいことがある。処理中や計算中に状態を巻戻すことができるアルゴリズムを可逆アルゴリズムと呼ぶ。例えば、データ圧縮アルゴリズムの中で完全にデータを復元できるものは、可逆と言える。

 実際の計算の多くは不可逆なものだ。例えば、基本的な論理演算子の「AND」は、入力(x,y)が(1,1)の時、出力は1、それ以外は0である。よって出力0だった場合には、入力は(0,0)(0,1)(1,0)のいずれかの可能性があり、出力結果から入力状態を戻せないため、不可逆だ。演算後は、前の状態の情報が消去されていることが分かる。

 可逆計算をするためには、入力や中間情報を一切消去せずに、すべての情報を溜めていくことが必要だ。しかし実際にはメモリー容量に限界もあるので、“ゴミ情報”は捨てなくてはならない。このとき、情報を消去すると熱が発生する。これは物理・情報理論のランダウアの原理であり、計算機が熱を帯びる理由である。計算機をより速くするには、熱の発生を防ぐことが重要だが、現在の計算機は不可逆な計算回路でできているため限界が見えてきている。

 そこで可逆計算回路のみを持つ“可逆計算機”を作る試みがある。可逆計算機は、熱の発生を限りなく0にできることが証明されている。これを実現する方法として、ビリヤード台モデルが有名だ。台は摩擦なしと想定するためエネルギー消費0で動き、球同士の衝突を台上の反射板で制御することで、AND・OR・NOTなどの論理演算を可能とする。そして、ビリヤードのように、現時点の球に逆向きの力を加えれば、初期の球配置まで巻戻せるため可逆である。球は最初から最後まで、すべて台上にあるので、情報が散逸することはない。ただ残念ながら、このモデルの実現は不可能である。

 そもそも、宇宙を巨大な計算機とみると可逆か不可逆かは大問題だ。摩擦のない古典力学と量子力学の基本方程式は、時間が逆方向でも同じ式が成立つため、ミクロでは可逆だ。そこから量子力学的現象(※1)で可逆計算機を実現するアイディアもある。一方、熱力学第二法則(※2)「熱は温度の低い方から高い方に自然に伝わらない」を考慮すると、マクロでは不可逆だ。では、宇宙全体が不可逆とすると、素粒子同士の相互作用(=演算)により、情報は“宇宙の外”に散逸しているのだろうか?

 ところで、人間にとって時間は不可逆だが、振り返れば、可逆な一本道であったようにも感じる。過去の記憶を消しながら、未来に進んでいるだけなのかも知れない。

1) 量子コンピューターもその1つと言える。
2) 量子力学の「ゆらぎの原理」から、熱力学第二法則が導出可能という最新研究がある。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

外園康智Yasunori Hokazono

金融デジタル企画一部
上級研究員

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