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顧客との共通価値の創造に必要なものとは?

2018年2月号

金融ITイノベーション事業本部 事業企画室 上級研究員 川橋仁美

金融機関にとって顧客との「共通価値の創造」は、持続可能なビジネス・モデルの選択肢の一つとなろう。しかし、顧客や社会と共通価値を創造することは簡単なことではない。そのためには、まず役職員の間の価値観の共有化を通じて、現場担当者の意識変革を図る必要がある。

 金融庁は、金融機関に対して「共通価値の創造」を目指したビジネス・モデルへの転換を求めている。金融庁が提唱する「共通価値の創造」とは、金融機関が顧客本位の良質なサービスを提供し、企業の生産性向上・国民の資産形成を助け、結果として金融機関自身も、安定した顧客基盤と収益を確保すること(※1)である。金融庁は、横並びで単純な量的拡大競争に集中するような現状のビジネス・モデルには限界があり、顧客との「共通価値の創造」が金融機関にとって持続可能なビジネス・モデルの選択肢の一つであると考えているのである。

そもそも共通価値とは何なのか

 共通価値とは、マイケル・ポーターとマーク・クラマーが2006年に提唱した概念である。両氏は、共通価値を「企業が事業を営む地域社会の経済状況や社会状況を改善しながら、みずからの競争力を高める方針とその実行(※2)」と定義している。簡単に言えば、企業の成功と地域社会の進歩を、事業活動を通じて結び付けることである(※3)。両氏が共通価値の創造の重要性を説く背景には、企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility、以下CSR)活動が当該企業の戦略や事業と無関係に行われており、その結果、企業も地域社会も膨大な機会損失を被っているという状況がある(※4)。両氏によれば、企業のCSR活動は、「社会をよくすることで戦略を強化する」というレベルを目指すべきであり、そのためには企業と地域社会が「共通の価値を生み出す可能性があるのかどうか」という判断が最も重要になる(※5)。既にゼネラル・エレクトリック、IBM、インテル、ジョンソン・エンド・ジョンソン、ユニリーバなどの大手企業が、社会と企業業績の関連性を再認識し、共通価値を創造する取り組みに着手し、効果をあげている(※6)。

共通価値の創造には何が必要か

 金融庁は、共通価値の創造の重要性に言及する一方で、経営陣の意識や実際の現場の取り組みの深度は金融機関によりバラツキがあると指摘、共通価値の創造を実践することの難しさについて言及している(※7)。

 共通価値を創造するためには、何が必要なのか。ポーター/クライマーによれば、1)社会性の高いバリュー・プロポジション(=顧客や社会に対して訴求できる企業としての価値)、2)(経営陣の)意志とリーダーシップ、3)しかるべき組織構造、報告体系や職員への動機付け、の3つである(※8)。共通価値の創造を実践しているが期待した効果が得られていない、という場合には、上記3点の何れかが欠けていることが想定される。社是や戦略でバリュー・プロポジションを掲げ、自らリーダーシップを発揮しているのに現場が意図した方向に動かないという悩みを抱える金融機関のトップ・マネジメントも多いと思う。それは多くの場合、3)、なかでも職員への動機付けが欠けていることによると考える。動機付けは、経済的なもの(e.g.報酬)と非経済的なもの(e.g.意識付け)に分けられるが、共通価値の創造には、後者の果たす役割が大きい。

まずは職員との共通価値の創造を

 ポーター/クライマーによれば、共通価値を創造するためには、自社事業との関連性が高い社会問題(例えば、中小企業の資金繰りが困難である)を選択することが重要である(※9)。この点においては、顧客接点にいる現場担当者の果たす役割が大きい。それは、顧客と地域社会のことを最もよく知っているのは現場担当者だからである。しかし多くの場合、事業企画は、顧客接点から離れた本部主導で行われ、現場には施策単位で下りてくる。このため現場担当者からは、何のためにその施策に取り組むのかという大本のところが見え難く、その結果、取り組みが他社との差別化、すなわち共通価値の創造に繋がらない。

 現場は言われたことだけやっていればいいという考えを持つ経営者も多いかもしれない。しかしオープン化、ネットワーク化が進む今、時代の流れは、逆の方向にある。高い業績をあげている企業の経営者ほど職員と自社のバリュー・プロポジションを共有化することの重要性を強く認識している(※10)。これは、企業が顧客や社会と共通価値を創造する、すなわち外部環境の変化に迅速かつ柔軟に対応し、新たな市場を創り出すためには、現場担当者と経営者が価値観を共有する、つまり社内における共通価値の創造が不可欠であることを意味している。

 この経営者と現場担当者との共通価値の創造に役立つのがリスク・アペタイト・フレームワーク(以下RAF)である。RAFは、リスク・アペタイト(以下RA)、すなわち自社のバリュー・プロポジションを、組織の末端まで伝達し職員との価値観の共有化を図るツールである。

 残念ながらわが国では、RAFはまだトップ・マネジメントのためのツールに留まっている。RAFの導入を進めている国内金融機関の中には、RAを組織の末端まで浸透させることの意義を見いだすことができないというところもまだ多い。しかしRAFの真価は、フロント・ラインへのRAの浸透と共に高まる。それは、個々の職員がRAを通じて常に自社のバリュー・プロポジションを意識して顧客や社会に対するようになるからである。既に海外の金融業界では、こうした現場担当者の姿勢が、顧客ニーズに訴求した商品やサービスの提供というイノベーションに繋がるだけでなく、銀行のリスク管理にも役立つことが認識されるようになっている。

 こうした効果を享受するためには、RAを組織の末端まで伝達するだけでなく、浸透させることが不可欠となる。組織の末端までRAが浸透すると、新規事業開拓、事業縮小や撤退、業務プロセス改善などに関する提案が現場担当者から上がるようになる。これは、RAのフロント・ラインへの浸透と共に、1)現場担当者の外部環境の変容に対する感度が高まること、2)RAFがトップ・ダウンの意思伝達ツールとしてだけではなく、ボトム・アップの意思伝達ツールとして機能するようになるからである。その結果、ボトム・アップとトップ・ダウンのシナジーによりフォワード・ルッキングかつ機動的な意志決定が可能となるのである。

 顧客や社会に自社のバリュー・プロポジションを訴求し、共通価値を創造することは簡単なことではない。そのためには、役職員の間の価値観の共有化を通じて現場担当者の意識変革を図る必要がある。この役職員間の共通価値の創造こそが顧客との共通価値の創造の強固な基盤となるのである。

1) 金融庁「平成28事務年度金融行政方針」。
2) Diamond Harvard Business Review, June2011/Harvard Business Review, January/February 2011.
3) Ibid.
4) Harvard Business Review, December 2006/Diamond Harvard Business Review, January2008.
5) Ibid.
6) Diamond Harvard Business Review, June2011/Harvard Business Review, January/February 2011.
7) 金融庁「平成28事務年度金融行政方針」。
8) Harvard Business Review, December 2006/Diamond Harvard Business Review, January 2008.
9) Ibid.
10) IBM, Global Chief Executive Officer Study 2012.

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

川橋仁美

川橋仁美Hitomi Kawahashi

金融イノベーション研究部
上級研究員
専門:内外金融機関経営、ALM、リスク管理

注目ワード : リスク・アペタイト・フレームワーク

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