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トランプ政権1年目の最大の「功績」

2018年2月号

未来創発センター 戦略企画室 上級エコノミスト 佐々木雅也

トランプ大統領の誕生は、ドル安への反転や期待インフレ率の回復をもたらし、FRBに金融政策の正常化を前進させるきっかけを与えた。これは、金融政策の正常化に苦戦していた米国経済にとって、税制改革以上の大きな「功績」だったと言える。

税制改革だけがトランプ政権1年目の「功績」か?

 米トランプ政権はこの1月20日で、誕生してから1年が経過した。表面的には、同大統領の不規則な言動や政権内部の混乱といったことばかりが目につくが、昨年末には、トランプ大統領が掲げた公約の一つである税制改革を、規模を縮小させながらも成立させており、経済政策面では、遅まきながらも実績を残し始めている。

 トランプ政権が成立してからの状況を振り返ると、多くの人は、この税制改革こそが同政権1年目の最も大きな、そして唯一の手柄だと言うだろう。だが、果たして本当にこれだけだと言い切れるのだろうか。

トランプ大統領の登場が促した金融・為替市場の変化

 振り返ってみると、米国の金融・為替市場は、トランプ大統領が掲げる経済・通商政策をにらんで、この1年余りで方向感を大きく変えている。

 例えば、図表1にある米ドルの名目実効為替レートは、2014年の半ばごろから急速に上昇していった。当時の米国は、利上げなどの金融政策の正常化を進めようとしていた一方で、ユーロ圏などではマイナス金利や量的緩和の導入など金融緩和を続けており、米国だけが金融政策の方向が違っていた。これに、同時期に始まった原油価格の下落がドル高傾向に拍車をかけた。

 ところが、米ドルは2017年に入ると一転して、金融政策の正常化や原油価格の水準の低さという基本的な環境が変わらない中でも、緩やかに下落し始めた。

 また、図表2には米国の10年国債の利回りを示しているが、これもトランプ氏の大統領選挙の勝利が明らかになった2016年11月8日以降に上昇を始め、2017年末時点では2%台半ばで推移している。さらには、米国の株価も2016年11月にトランプ氏が当選して以降、2017年にかけて右肩上がりの上昇が続いた。

FRBはトランプ大統領に助けられた

 実は、このような市場の変化の恩恵を最も享受したのは、米国の中央銀行であるFRBではなかったか。FRBはそれまで金融政策の正常化にかなり苦戦をしていたが、トランプ氏が当選したことで前述のように市場の流れが一変し、正常化を阻んでいた様々な「壁」が一気に取り払われたからだ。

 例えば、2014年半ばから進んだ米ドルの上昇は、米国の輸入物価や企業利益を押し下げて、同国の景気を冷やすとともに物価の伸びを抑える一因となった。その結果、債券市場の動きから計算される期待インフレ率(※1)は、図表2にあるように、2014年半ばから下落を始め、一時は1.2%台にまで低下した。

 これでは、FRBが利上げしようとしても、市場はなかなか受け入れてくれない。現に、FRBが今回、初めて利上げをしたのは、量的緩和の段階的な縮小を終えてから1年以上が過ぎた2015年12月であり、2回目の利上げはトランプ氏が選挙に勝利をした後の2016年12月であった。このように、FRBはトランプ氏の登場によって市場の流れが変わるまで、金融政策の正常化を主張しながらも、その歩みを進めることがなかなかできなかった。

 だが、トランプ氏が当選して、同氏の公約である「貿易不均衡の是正」という言葉を耳にする機会が増えると、為替市場では誰しもが1985年9月のプラザ合意から始まったドル安政策を思い起こす。さらには、ユーロ圏の中央銀行であるECBが金融緩和を徐々にではあれ縮小方向に進めようとしており、それらが相俟って、米ドルは2017年に入ってから方向感を大きく変えた。

 また、トランプ大統領は、法人税率の引き下げや大規模なインフラ投資など、財政赤字の大幅拡大を否が応にも意識させる公約を前面に押し出している。これは、米国の長期金利を大幅に上昇させる要因となるが、それと同時に同国の経済やインフレ率を押し上げる方向にも働きうる。実際、図表2にある期待インフレ率は、トランプ大統領の誕生が決まった2016年11月を境にその水準が1%台後半へと切り上がっている。

経済政策の進展からくるドル高には要注意

 このように、ドル高からドル安へと方向感が変わり、期待インフレ率も2%へと近づき始めれば、実際のインフレ率や賃金の上昇率が伸び悩んでいても、FRBは“いずれは”物価の伸びが2%に近づくはずだと言いやすくなり、それに伴って、緩やかなペースでの利上げやバランスシートの規模の縮小を行いやすくなる。トランプ大統領本人は全く意図してないだろうが、実は同大統領の誕生そのものが、金融政策の正常化が大きく前進するきっかけを与えたのだ。

 もっとも、このような状況がトランプ政権2年目以降も続くとは限らない。仮に同政権が中間選挙を睨んで、税制改革に続けてインフラ投資計画も進展させ始めたら、インフレ期待がさらに盛り上がる可能性がある。FRBはこれに利上げペースの加速などで対応するだろうが、それは、米ドルの上昇に再び火をつける危険性がある。

 しかしドル高は、対外不均衡の是正を掲げるトランプ政権にとっては邪魔者以外の何者でもなく、ドル高を強く牽制する可能性もゼロとは言えない。FRBとトランプ政権の方向性の違いからくる金融市場の不安定化に、我々は注意をしておくべきなのかもしれない。

1) ここでは、米国の10年物の物価連動債の利回りを「実質金利」とみなし、これを図表2にある10年物の国債の利回り(=「名目金利」)から差し引くことで、期待インフレ率を計算している。
ちなみに、図表2には、2013年5月に当時のバーナンキFRB議長が量的緩和の縮小を示唆したことで長期金利が大幅に上昇した(テーパー・タントラム)時期の期待インフレ率の推移も載せている。
この図表にあるように、テーパー・タントラム期では、名目の長期金利が上昇する一方で、期待インフレ率は低下している。これは、同時期の名目長期金利の上昇が専ら実質金利の上昇によって起きたことを示している。
その結果、米国内外の金融市場には強い金融引き締め効果が波及し、国際金融市場の混乱を招くことになった。
その一方で、トランプ氏が大統領に当選してからの名目長期金利の上昇は、期待インフレ率の上昇を伴っており、実質金利の上昇はその分だけ小さかった。この違いが、両時期の金融市場の反応の違いにつながっているとも考えられる。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

佐々木雅也Masaya Sasaki

未来創発センター戦略企画室
上級エコノミスト
専門:マクロ経済分析

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