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天動説のかけらを拾う

2018年1月号

須貝悠也

夜空にきらめく星々はいつの時代も人を惹きつけてやまないが、その正体が遥か彼方で燃え盛る灼熱の星の、遥か昔に放たれた光だと分かったのは近代に入ってからである。人類は古来より星空を見上げ、宇宙にまつわる様々な謎を解明してきた。その長い歴史の中、人々が信じる宇宙の姿も時代とともに移り変わっていったが、中でもとりわけ有名な誤りとして知られるのが、ご存知「天動説」である。

 古の天文学者プトレマイオスが天動説の専門書を記したのは西暦150年頃だが、次代の天体モデルである「地動説」の理論体系をコペルニクスが唱えるのはその遥か後世、西暦1543年である。航海や占星術などの用途で星々の位置が重要な意味を持っていた時代、天動説がかくも長きにわたり人々に受け入れられたのは、ひとえに天動説が実用的で優れた天体モデルだったためである。現代人の感覚では天動説をでたらめな迷信だと軽んじてしまいがちだが、実際には天動説は地上から観測される天体の動きを(当時の精度で)ほぼ正確に説明できる、高度で実用的な数理的天体モデルであった。事実、コペルニクスの地動説は発表当初多くの支持を得られなかったが、それは当時の地動説が精度や扱いやすさの点で天動説と同程度に過ぎず、天動説を覆す程の実用面でのメリットを有していなかったことが大きい。そしてその約70年後、惑星の楕円軌道が発見されて地動説が天動説よりも高精度かつ単純に天体の動きを説明できるようになったことで、地動説は初めて急速な広がりを見せるのである。なお、地動説の直接的な証拠は更にこの約100年後に発見される。ついに天動説の誤りが立証されたこの時、当の天動説は既に過去のものとなっていた。

 自然科学の分野に限らず、今や金融や経済など様々な領域で、何がしかの事象や概念を捉えて表現するためにモデルが活用されている。この種のモデルにおいて「構造がどれだけ対象の真の姿を再現しているか」が重要視されることは言うまでもないが、では“より真の姿に近いモデル”は“より役に立つモデル”となるのだろうか?天動説が長らく支持されたのは、そして地動説がその後台頭したのは、それらが観測事実を実用レベルで正確に説明できる扱いやすいモデルだったからであり、理論の立証そのものは必ずしも直接的な契機ではなかった。天動説の栄枯盛衰の歴史は、理論の正しさのみがモデルの唯一の価値基準ではないことを思い出させてくれる。

 ところで、筆者は最近になって今の歴史の教科書では鎌倉幕府の成立が1192年ではなく1185年になったことを知り、大いに驚いてしまった。天動説を過去の誤りだと笑う我々が信じて疑わない今の真実も、もしかしたら未来の“天動説”かもしれない。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

須貝悠也Yuya Sugai

金融デジタル企画一部
上級コンサルタント

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