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日本は経済政策のリバランスが必要

2017年12月号

金融ITイノベーション事業本部 エグゼクティブ・エコノミスト 木内登英

国民生活の質を一層高めるためには、イノベーションを促し労働生産性の向上をはかるなど、経済の潜在力を高めることが欠かせない。それを主に担うのは、金融政策ではなく政府の経済政策だろう。

景気の「水準」と「変化率」の区別が重要

 失業率が低下を続け、人手不足が深刻さを増すなど、雇用情勢はかなり良好な状態と広く認識されている。しかし一方で、日本経済は依然低迷しているとの指摘も多く聞かれる。認識が食い違っているのは、前者は景気の「水準」、後者は景気の「変化率」と、それぞれ視点が異なっているためだ。両者を明確に区別できなかったことが、適切な経済政策の選択を長く妨げてきたように思う。

 まず「変化率」に注目しよう。国民生活の質がどの程度のペースで改善するかが、主に名目賃金上昇率から物価上昇率を引いた実質賃金上昇率(購買力)で決まるとすると、それは労働生産性上昇率に左右される面が大きい。さらに労働生産性上昇率は、イノベーションや労働の質の向上などによって決まると考えられる。つまり国民生活の質の改善ペースを高めるためには、生産性向上に向けた企業の不断の取り組みと、教育、職業訓練なども含めた政府の経済政策が重要な役割を果たすのである。

 ところが実際には、経済の潜在力を高めるこうした役割が、金融政策に期待され続けてきた。それは金融政策の守備範囲を超えたものであり、その期待に無理に応えようとすれば、様々な弊害を生んでしまう。2%の物価安定目標は、日本経済の潜在力に照らせば高過ぎるが、それも過大な期待に応えようとした結果生まれたとも言えるのではないか。

水準でみた日本経済は欧米よりも強い

 金融政策に本来期待される機能は、景気の「変化率」ではなく、景気の「水準」の調整である。実質金利を変化させることで将来の需要を前倒しあるいは現在の需要を先送りすることを通じて、現在の需要の水準を調節し、供給力に見合った適正水準へと景気の「水準」を誘導することが金融政策の基本的な役割なのである。その際に、景気の「水準」を測る重要な指標となるのが、潜在GDPと現実のGDPとの差を潜在GDPで割って算出した比率、需給ギャップである。

 日本の需給ギャップの水準を他国と比較すると、「量的・質的金融緩和」が採用された2013年以降、一貫して米国とユーロ圏を上回ってきた(図表)。しかも2016年には中立的な水準である0%を上回り、足元ではさらに上昇傾向を続けている。しかし物価上昇率の押し上げを狙って、これ以上の需給ギャップ改善を金融緩和策で目指すのは、弊害が大きい。需給ギャップの改善が人手不足を一層深刻にさせれば、供給制約から安定した経済活動は阻害される。人手不足には省力化投資などを促進し経済効率を高めるなどのプラス面はあるが、マイナス面がそれを上回ると考えられる。そもそも、深刻な人手不足が経済効率を高める効果を顕著に発揮するのであれば、そうした傾向がより強かった80年代末のバブル期の後、つまりバブル崩壊後に、労働生産性上昇率、全要素生産性(TFP)上昇率がそれ以前よりも高まったはずであるが、実際にはそうした傾向は確認されないのである。

 他方、経済の供給制約が強まることが企業の中長期の成長期待を低下させてしまう場合には、企業は賃上げにより慎重になり、むしろ2%の物価安定目標の達成から一段と遠ざかる事態になることも考えられる。

遅れる金融政策正常化の弊害

 米国は、需給ギャップのマイナス幅が2%を超えていた2014年の段階で、資産買入れの増加ペースを縮小するという金融政策の正常化策に早くも着手し、また実際の物価上昇率が目標値の2%に達しない中で、現在まで3年半以上も正常化策を進めてきた。このように、金融政策の効果が遅れて表れる傾向などにも配慮し、先手を打って、フォワードルッキングに柔軟に運営されるのが、通常の金融政策なのである。

 一方で日本の需給ギャップは、2013年時点で既に0%の中立的な水準にかなり近づいていた。経済の安定維持という視点に基づき、需給ギャップを重視した金融政策運営を行っていれば、日本は米国よりもむしろ早い時期に金融政策の正常化に踏み出していてもおかしくなかった。そうした通常の政策運営を妨げた最大の理由は、2%の物価安定目標に対する強い拘りだったのではないか。

 需給ギャップでみると欧米よりも高い水準にありながら、金融政策の正常化が最も遅れたことでその副作用の蓄積を許してしまったのが、80年代末のバブル期の日本の経験である。その際には、資産市場を中心に歪みが高まり、その調整は長期間にわたる経済の停滞と、金融システム不安に繋がっていった。現在もそれと似たような状況にあるのではないか。当時は、円高・原油安傾向に助けられ物価が安定していたことが金融政策の正常化を遅らせる要因であった。物価動向にあまりにも目を奪われてしまったことが、適切な金融政策の判断を鈍らせたという点で、2%の物価安定目標に強く拘ることによって柔軟な金融政策運営が妨げられ、正常化が遅れている現在と似ているようにも感じられるのである。

 金融政策の正常化の遅れは、今回は資産価格を歪めていることに加え、国債市場の過度な流動性低下、日本銀行の財務悪化を通じた通貨の信認低下、潜在的な財政リスクを高めるなど、様々な副作用を累積させていると考えられる。様々な副作用の顕在化リスクをできるだけ抑えるために、金融政策は早期に正常化に向かう方が良いと考えられる。他方で、経済の潜在力を高める政策、すなわち企業のイノベーションを引き出し、それを共有することで経済全体の効率を高める措置や、教育改革、職業訓練の拡充などを通じて労働生産性上昇率を向上させ、実質賃金上昇率を高める政策を加速させることこそが、国民にとっての利益となろう。現状は、そうした経済政策全体のリバランスを思い切って進めることが必要な局面にあるのではないか。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
専門:内外経済・金融

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