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米国フィデュシャリー・デューティ新規則の見直しの方向性

2017年10月号

NRIアメリカ 金融研究室長 吉永高士

2018年1月に予定されていた米国労働省のフィデュシャリー・デューティ新規則の完全施行が2019年7月へと1年半先送りされることとなった。一部の重要条項を含め新規則の中味の見直しも確実視されているなか、今後の規則変更の行方とともに、金融機関側へのインパクトと対応を考察する。

完全施行時期は2019年7月へ大幅延期され集団訴訟リスクも回避される見通し

 米国労働省によるフィデュシャリー・デューティ(以下、FD)新規則は、個人退職口座(IRA)と401k等の確定拠出年金(※1)の提供の担い手(投資商品販売会社を含む)に対し、1974年従業員退職所得保障法(ERISA)に基づく善管注意義務や忠実義務(顧客利益最優先と利益相反排除)などの原理原則の徹底を求めるもの。オバマ政権下での6年越しの策定プロセスを経て、トランプ政権誕生までは2017年1月の部分施行と2018年1月の完全施行が予定されていた。しかし、政権移行に伴い労働長官も交代するなかで、同省では部分施行を60日遅れで2017年4月に遂行する一方、完全施行については2019年7月に延期する方針を8月末に正式発表した。

 並行して、同省では大統領令に基づくFD新規則の妥当性検証のためのレビュー作業も継続している。完全施行時期が大幅に先延ばしされることが確実になったことで、同省が今後、規則の中味にも大きく踏み込んで変更を行うのに必要な時間が確保されたとみる向きは米国金融界には多い。すでに労働省新規則の部分施行時に発効していたFD適用対象に関する規程(IRAと410kの提供者は受託者として「顧客最善利益の契約(BIC)」の責任を負う)については大枠として維持されるとしても、完全実施時に発効が予定されていた「顧客最善利益の契約の例外的適用」(BICE)に関する条項のなかには、撤廃や緩和がなされるものがあるとみられている。

 BICEでは、アドバイス提供に対する対価は商品販売から切り離された投資顧問料(残高連動、時間制、定額制など)として受領すべきものであることを原則としつつ、投資商品販売や売買時の成功報酬であるコミッション(販売額の一定割合の販売時手数料)や12b1手数料(販社向け信託報酬に相当)については顧客最善利益が損なわれていないことが担保されていることを条件に、その受領を「例外的に」認めている。BICE関連条項のなかで、とりわけ政治的論争も巻き込み大きく注目されてきたのは、IRAや401k提供者のBICE違反を巡る顧客との係争で顧客が集団訴訟を起こす権利を認める条項であった。しかし、労働省が8月に当該条項を取り下げる方針を公表しており、これにより提供者側がBICE違反を理由に予測困難かつ理不尽に巨額な賠償責任リスクを負う可能性は大きく低下したと受け止められている。

 労働省FD新規則に今後変更が加えられるシナリオとしては、同省自身による改正案策定だけではなく、証券取引委員会(SEC)が2010年金融規制改革法に基づき付与されていた独自のFD規則策定権限を行使し労働省規則を事実上上書きすることで実現する可能性もある。いずれのかたちにせよ、米国のFD制度改革は新たな均衡点を求める中期的収束プロセスに入ったと思われる。

投資商品販売業者へのインパクトは多岐におよぶ

 米国の投資商品販売会社に対するFD適用自体は最近になって始まったものではない。70年代に登場し、90年代半ば以降に急速かつ右肩上がりに普及していったラップ口座は、1940年投資顧問業法に基づくFD(以下、投顧法FD)上の義務を販売会社と営業員に課してきた。ラップは現在、多くの米国対面販売会社で預り資産の4割前後を占め、かつ投資商品販売手数料の7~8割前後に寄与するなど、投顧法FDとその遵守は日々の営業にしっかりとビルトインされている。

 この投顧法FDと労働省FDを比較すると、顧客利益最優先と利益相反排除を謳う理念で両者は共通する。しかし、前者が一部の利益相反懸念事項については開示と顧客の書面による同意をもって存在を許容するのに対し、後者は懸念自体の徹底排除を求めているところに大きな違いがある(※2)。このため、米国の証券会社や銀行グループ(※3)などでは労働省FDが求める一層厳格な義務の履行のため、以下のような対応策を準備または導入している。

 ① 手数料設定:IRA向けの投信販売で特定商品の提案を誘引しないよう、販売手数料や12b1手数料を一律化

 ② 報酬体系:IRA向けに特定の商品種の提案を誘引しないよう、商品種間での営業員の報酬歩合格差や評価ポイントの上乗せなどを廃止

 ③ 品揃え:本社による商品審査の関与度合いを強め、営業員が提案可能な投信商品数を数千本単位で絞込み

 ④ 手数料の妥当性:IRAや401k加入者向けの提案に際し、競合する選択肢に比べ総コストが妥当なものであることを客観データとツールを用い説明

 ⑤ 営業プロセス:すべてのIRA利用者に包括的プロファイリングとレビュー、個別性あるアドバイスを提供し、その際にはロボアドバイザー(※4)技術も併用

 ⑥ ラップ利用:一部の販社では、IRA向けにはアドバイスの対価が商品販売とは切り離されているラップのみを原則的な投資実行手段として利用(※5)

 ⑦ コミッション型取引の制限:一部の販社では、IRA向けにコミッション型取引を継続提供する際、取扱商品の絞込みや残高下限の引上げにより利用を制限(※6)

 上記のうち、今後の労働省FD規則の変更次第では、IRA向けのコミッション型取引の制限や提案商品の極端な絞込み等の一部施策について緩和方面での揺り戻しはありうるだろう。他方、包括的なプロファイリングで特定した顧客のゴール(目標、課題克服、ニーズらの総称)を実現するための投資をラップを中心に実行し、継続的レビューにより伴走する営業プロセス(※7)や、それを裏付けとして手数料水準への納得感や妥当性を与える価値提示のあり方については、過去20年間に渡り不可逆的に普及・浸透してきたベクトルに今後も変化はないだろう。むしろ労働省FDは、どのように変更が加えられるにせよ、こうした流れを後押しすると思われる。

「Fiduciary Duty」と「フィデュシャリー・デューティ」

 最後に、英語の「Fiduciary Duty」と日本における「フィデュシャリー・デューティ」について所感を述べたい。前者が法令を裏付けとする義務(※8)であるのに対し、後者は行動規範や原則とされているが(※9)、両者の究極的な差異は顧客と係争になった場合の賠償責任の大きさや挙証責任の所在として明確に現れる可能性がある。義務と原則のどちらにすべきという話をしているわけではなく、また原則制を採ることにも異見はない。しかし、広範な投資家へのわかりやすさと無用な混乱の回避のために、日本では「フィデュシャリー」の言葉はなるべく使わない方がよいのではないかと、私見ながら、考えている。

1) 確定拠出年金制度のなかには、非営利団体職員が加入する403bなど労働省FD新規則の適用対象ではないものもある。
2) 投顧法FDがラップを対象とするなかで、ラップ資産とそれ以外の証券口座資産のダブルスタンダードによる使い分けが一般的であるのに対し、労働省FDが対象とするIRAはラップ資産にも証券口座資産にもまたがっているほか、その節税効果により各顧客の預り資産の中核を構成することが多いこともあり、非IRA資産とのダブルスタンダード併用は相対的にむずかしいとされる。
3) 米国では銀行店舗での銀行員による投資商品販売は年金保険などを除き禁止されており、グループ内か第三者の証券会社に籍を置く営業員が間借り方式で営業。
4) 米国のロボアドバイザーは一任型(ラップ)のみ。
5) メリルリンチ、JPモルガンチェース、キャピタルワンなど。労働省FD規則の変更の動向も睨みつつ、コミッション型取引を全面的に中止する当初の方針から制限付き提供へと方針を修正しているところもある。
6) エドワードジョーンズなど。
7) ゴールベース資産管理プロセスと呼ばれる。
8) 豪州のFFA、英国のRDR、欧州のMiFID II、カナダのCRMなど。
9) 『金融法務事情』2017年7月20号「「顧客本意の業務運営に関する原則」の実践と今後の展開」。それによると、日本の「フィデュシャリー・デューティ」は狭義の義務ではなく、広い概念としての原則を示すもので、また「各金融事業者がそれをフィデュシャリー・デューティと呼んでもよいし、呼ばなくてもよい」(神田秀樹学習院大学大学院教授)ものという。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

Yoshinaga

吉永高士Takashi Yoshinaga

NRIアメリカ
金融研究室長
専門:米国金融経営調査

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