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ヒトと機械の間を埋めるモノ

2017年8月号

小粥泰樹

食傷気味の方も多いのではないかと思うが、人工知能が注目されるにつれてヒトにしかできないことは何かという議論も増えている。ヒトにできて、(少なくとも当面は)人工知能には難しいだろうと言われることの一つとして、概念の抽象化を指摘する専門家が多い。人工知能は与えられたデータに基づく学習という観点ではヒトを凌駕する域に到達しているものの、学習にとって十分なデータが存在しないような状況下でも安定的に反応できるかという点ではヒトに大きく劣後する。この、データがなくても何らかの解答を導出し、環境変化の下で生き延びようとする能力の裏には概念の抽象化が強く関係しているというのである。

 そして「概念の抽象化」には睡眠が関係している可能性がある。睡眠はヒトの脳にあって人工知能にはない現象の一つである。DNAの二重螺旋構造の解明でノーベル賞を受賞した学者の一人クリック氏が80年代に睡眠の機能について書いた論文が話題を呼んだ。睡眠、特にREM(Rapid Eye Movement)睡眠は、昼間に経験した様々な情報の中で執着を持ったものを睡眠中に夢として思い出し、その思い出した内容を逆学習する(即ち「忘れる」)ことで脳内の情報が整理されているという仮説である。睡眠を絶つとノイローゼになったり、思考力が低下するのは、この整理が滞るからという説明であり、コンピュータシミュレーションを通じて情報整理の効果があることが示されている。考えてみれば、明らかに生存競争上は無防備な状態を作り出して不利と思われる睡眠という現象が、何千万年にもわたる進化の結果として高等生物に残り続けているというのは、睡眠がよほど重要な機能を果たしているからに違いない。睡眠が脳内情報整理やその発展形としての概念の抽象化に役立っているという仮説には大いに可能性が感じられる。

 しかし、抽象的な概念のすべてをヒトが後天的に学習して作り上げたと考えるのは無理があるらしい。著名な言語学者のチョムスキー氏が、ヒトの言語習得のスピードの速さや異なる言語間での概念的構造の類似性などを考えれば、基本的な抽象概念の多くはヒトの脳の奥底に先天的に存在していると考えざるを得ないと言っている。「親」とか「子」とか「熱い」とか「痛い」とか、このような基本概念は始めから脳内に組み込まれている可能性が高いということである。進化してきた結果として、脳内に構造的に刻み込まれた基本的概念セットのようなものがあるのであろうか、これも興味深い仮説である。

 予め生存に必要な基本的概念を与え、逆学習によって日々の情報整理を繰り返せば人工知能はヒトに近づけるのか。それほど簡単な話とは思えないが、夢のある話だと思う。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

okai

小粥泰樹Yasuki Okai

NRIホールディングス・アメリカ
社長

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