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フランスをEU離脱から守った通貨ユーロ

2017年7月号

未来創発センター 戦略企画室 上級エコノミスト 佐々木雅也

フランスの大統領選挙では、仏国民の通貨ユーロへの支持の強さがルペン氏の当選を阻む大きな要素になった可能性がある。今後のEU域内での政治不安の行方を占う上では、各国民の通貨ユーロへの支持度合いが大きな鍵を握ることになるかもしれない。

ポピュリズム台頭の流れは仏大統領選でも変わらず

 フランスでは4~5月にかけて大統領選挙が行われ、中道派のマクロン氏が勝利した。懸念された極右勢力のルペン氏の大統領就任は回避され、一部には、昨年から続くポピュリズム台頭の動きに一応の歯止めがかかったと見る向きもある。

 しかし、中道左派のオランド政権で経済相に就いていたマクロン氏はわざわざ新党を立ち上げて大統領選に出馬しており、今回の選挙では、マクロン氏もルペン氏と同様に、社会党と共和党からなる仏二大政党制の外にいるアウトサイダー的な存在だったと言える。だとすれば、今回の仏大統領選挙でも、国民が投票行動を通じて、既存の政治経済秩序に対してNOを突きつけるという流れは全く変わらなかったと捉えるほうが自然だろう。

通貨ユーロからの離脱は仏国民には抵抗感が強かった

 実際、フランスでは雇用環境の悪さなども手伝ってか、EUや自国の議会、政府に対する信頼感が他のEU加盟国よりも低い。欧州委員会がEU全域で定期的に実施している世論調査(ユーロバロメーター)を見てみると、2016年秋時点(※1)では、EUを信頼している人の割合がEU28ヶ国全体では36%だったのに対し、フランスでは26%と大幅に下回っている。また、自国の議会を信頼している人の割合はEU全体では32%だったのに対してフランスでは19%、自国の政府を信頼している人の割合はEU全体では31%となるのに対してフランスでは17%と極めて低い。

 この結果だけを見れば、反EUを主張するルペン氏が勝ってもおかしくはないのだが、決選投票ではマクロン氏が全体の3分の2の票を得て勝利した。

 これだけの差がついた理由の一つは、ユーロバロメーターの別の質問に隠されているように思われる。同調査では、EU加盟国の人々に対して、単一通貨ユーロによる欧州の経済統合について賛成か否かを問うている。それによると、フランス国民の単一通貨ユーロに対する支持率は昨秋時点でも68%と高く、この傾向は1990年代から一貫して変わっていないことが分かる(図表1)。

 今回の仏大統領選でマクロン氏をはじめとする主要な候補者は、ルペン氏の掲げる公約が実現されれば、フランス国民の購買力が低下すると繰り返し批判していた。仮にルペン氏が主張する通貨フランの復活や輸入品への課税が実現してしまえば、保有する通貨の価値は下がって輸入インフレが起きるため、同国の対外的な購買力は大幅に下がることになるからだ(※2)。

 仏Ipsos社が今年3月に行ったアンケート調査によると(※3)、81%の人々がこの数年で自身の購買力が下がったと答えており、今回の選挙では、購買力の問題が最優先の関心事項だとする有権者が37%、重要な事柄だとする有権者が56%もいた。既存の政治体制への強い不満はあるが、かといって、自分の懐具合をさらに悪くするルペン氏にも投票する気にはなれない-このことが、消去法的にマクロン氏に票が流れた要因の一つであったように思われる(※4)。

ギリシャでも通貨ユーロへの支持は高い

 似たようなことは、債務危機でたびたびEUを揺るがすギリシャについても言える。前述のユーロバロメーターの結果によると、EUを信頼しているギリシャ国民の割合は20%とフランスよりも低いが、通貨ユーロへの支持率はフランスと同じ68%と高く、同国で債務危機が深刻化した2012年前後や2015年ごろには通貨ユーロへの支持率が多少ながらも一段と高まっていた(図表2)。

 債務危機が深刻化してからのギリシャでは、EUなどから突きつけられる厳格な緊縮財政によって、EUや議会、政府への共感度が低くなるのは想像に難くない。2015年には、成立したばかりのチプラス政権がEUからの財政緊縮策の受け入れの可否を国民投票にかけ、拒否の声が多数を占めてもいる。それでも、同政権が最終的に財政緊縮策を受け入れざるを得なかったのは、ギリシャ国民が通貨ユーロを支持しており、この通貨が使えなくなることで同国の政治経済が緊縮策の受け入れ以上に混乱することを恐れたからである。

EUの瓦解を阻む通貨ユーロ

 その一方で、昨秋のユーロバロメーターの結果によると、EU離脱を国民投票で決めたイギリスでは、通貨ユーロへの支持率が24%とEU28ヶ国のなかで最も低かった。これは同国が通貨ポンドを使っているからある意味当然だとも言えるが、いずれにしても、同国のEU離脱に関する国民投票では、フランスなどとは違って、今ある通貨が使えなくなるといった問題を全く考慮する必要がなかったということを示している。

 欧州経済は緩やかな回復基調にあるとは言え、前述の調査結果のように、EU全体でEUや自国の政治に対する不信感が広がっていることをみると、EU加盟各国の政治的な不安定さが今後も金融市場を揺さぶり続けていく可能性が高い。その帰趨を占う上では、ここで挙げた3ヶ国の事例にもあるように、各政党などの政治的な主義主張の中身だけでなく、通貨ユーロに対する信任が当該国でどれだけあるのかが鍵の一つとなってくるように思われる。

1) European Commission, “Standard Eurobarometer 86,” published in December2016.
2) 通貨ユーロの導入国は、旧通貨からユーロへの交換レートが変わらないため、独自の金融政策を放棄して固定相場制を採用している国と同じ扱いになる。変動相場制を採用している国で継続的に経常赤字が発生している場合には、為替レートの下落によって、対外競争力が上昇する一方で対外的な購買力は落ちるので、経常赤字に縮小圧力がかかる。しかし、通貨ユーロの採用国では、ギリシャのように継続的に経常赤字が発生していても、上述の理由によって、他のユーロ採用国との間で為替レートの変化のようなことは起こらない。このため、経常赤字を抱えるユーロ採用国では、本来なら減価しているはずの(その国独自の理論上の)為替レートが下落せず、割高になっていると考えられる。このことは、特に対外収支の悪いユーロ採用国では、対外的な購買力が本来の実力よりもつり上がっている可能性が高いことを意味する。なお、フランスもユーロ発足当初は経常黒字国だったが、2008年以降はGDP比で1%前後の経常赤字国になっている。
3) Ipsos, “Purchasing Power as Voter Concern in the French Presidential Election,” released onMarch 30, 2017.
4) 一部メディアの報道によると、ルペン氏が率いる極右政党国民戦線では、今回の大統領選挙の結果を受けて、反ユーロ、反EUの姿勢を転換する可能性が出てきているとされる。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

佐々木雅也Masaya Sasaki

未来創発センター戦略企画室
上級エコノミスト
専門:マクロ経済分析

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