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高度化が待たれる地方銀行のストレステスト

2017年6月号

金融デジタル企画一部 副主任システムコンサルタント 松本ゆかり

ストレステストは、近年浸透が進むリスク管理手法の1つであるが、野村総合研究所が中堅行中心に地方銀行に対し行ったヒアリングでは、テストを実施する現場ならではの課題が浮かび上がった。今後の高度化にむけては、特に現場のリーダーシップに期待したい。

 英国のEU離脱、トランプ大統領の誕生など2016年は、リスク・シナリオが現実となった1年であった。秋 以降の米国金利の上昇は、地方銀行においても相応のインパクトを与えたと推察される。

 ストレステストは、VaRなど定量的な手法を補完するものとして、近年浸透が進むリスク管理手法の1つである。しかし、いざ実施するとなると、現場では様々な課題が出てくるようだ。本稿では、中堅行中心に地方銀行に対し行ったヒアリングから、その課題を整理する(※1)。

ストレステスト実施における3つの課題

 ストレステストとは、市場で不測の事態が生じた場合にどの程度の損失が生じるのか、事前にシミュレートする管理手法である。実施に際しての出発点は、不測の事態、すなわちリスク・イベントの洗い出しとなる。しかし、ヒアリングでは、納得感あるイベントの抽出がまず難しいとの指摘があった。「リスク・イベント」というだけあって、発生可能性が低いと思われる事象を洗い出す必要があるが、可能性が低いと思われるがゆえに社内でコンセンサスを醸成するのが難しいとのことである。ストレステストの目的の1つは、想定外の事態を想定の範囲内とすることにあるが、イベントやシナリオの蓋然性(起こりやすさ)・客観性を行内議論で共有することが簡単ではないことが窺われた。

 次に指摘された課題は、定性分析からの脱却である。ストレステストの実施においては、リスク・イベント特定の後、当該イベントが発生した場合、市場や経済への影響がどの程度になるのか予測する必要がある。影響度合いは、関係各部門との議論を通じて合意されることが多いが、実際に株価がどれくらい下がるか、金利がどれくらい上がるかといった、変化の「幅」については、あくまで定性的な見立てに留まるとのことであった。海外大手行やメガバンクなどでは、影響度合いについてモデルによる予測・計測も進んでいると聞くが、人員に限りのある地方銀行では、どうしても担当者の属人的な判断にならざるを得ない模様である。

 3つめは、カテゴリーを跨いだ統合性・整合性の確保である。リスク・イベントが発生した場合、その影響は、市場や経済だけでなく、取引先企業を含むカウンター・パーティの信用力や業績にも波及する。しかし、ヒアリングの限りにおいては、金利・株価の変動が地元取引先の業績や財務に与える影響まで精緻に紐付けて分析する銀行はあまり多くない模様である。つい最近まで市場リスクのチームと信用リスクのチームで異なる見通しを立てていたという銀行もあった。先の金融危機では、市場と信用双方の相関が一気に高まり、保有ポジションの損失が急速に拡大した。リスク管理チームは、リスク・カテゴリーに応じて編成されるのが一般的であるが、チームを跨いでシームレスなテストを行うことは決して容易なことではないように感じられた。

最も難しい経営意思決定への反映

 ヒアリングで異口同音に言われたのは、テスト結果を経営意思決定へ反映することの難しさである。ストレステストは、影響度の計測など現場・担当者だけで閉じたものではなく、銀行としての行動、すなわちアクション・プランにつながってこそ意味を成すものである。しかしながら、計測結果の意味するところが経営層に十分伝わらないとの指摘が以下のとおり相次いだ。

  • リスク・イベントやシナリオに対する共感が十分でないため、得られた結果を経営意思決定やアクション・プランにつなげるのが非常に難しい。
  • RAFや当局ベンチマークなど、経営層が見るべき指標は広がりを見せているが、ストレステストを含む全体像が伝わっているかは疑問が残る。
  • PDCAサイクルでいう検証(Check)部分はまだ実施できていない。経営意思決定(Action)へ繋げるのは更に先になるだろう。

 コメントのとおり、ストレステストは、シナリオなど全体設計の後、影響度合いを計測、結果を検証し、しかるべきアクションを促すといった意味で、PDCAサイクルになぞらえられることも多い。計測のみに終始しては、苦労して合意したシナリオや分析結果も絵に描いた餅となりかねない。実効性あるストレステストを行うには丁寧にサイクルを回すことが、何より鍵になると思われる。

課題解決に向けたアプローチ

 地方銀行のリスク管理チームは、10名前後の規模であることも少なくない。大手行と比べた場合のリソース不足感は確かに否めないが、何らかの工夫を行っていく必要があるだろう。ここでは比較的即効性があると思われる2つの手法について述べたい。

 1つは前述の定性分析から脱却するためのマクロ・ストレステストの採用である。マクロ・ストレステストとは、市場と経済の連関度合いをモデル化することで、イベント発生時の影響を客観的・定量的に捕捉する手法である。例えば、リスク・イベントが海外で起こった場合、日本の金融市場や実体経済、更に地元取引先企業にどの程度の影響を与えるかは見通しづらい。モデルを活用することで、相関や波及のパスが可視化され、見立ての属人化から解放されることが期待できる。大手行に倣い、高度化が待たれる領域の1つと思われる。

 もう一つが経営ダッシュボードの活用である。経営ダッシュボードとは、経営に関する様々な指標を1つの画面で一覧する仕組みを指す。ALM委員会など経営層にむけた会議体では紙での報告も少なくないと聞くが、媒体の構造上、説明中心の一方向なコミュニケーションになりがちではないかと推察される。一覧性あるダッシュボード画面を一同で見つつ、指標やグラフのクリック1つで内訳や根拠、将来見通しなどを柔軟に表示できれば、経営層の関心やフィードバックをより上手く引き出し、双方向の議論が一層可能になるのではなかろうか。

 リスク管理の手法は日々進化してきた。一方で、いかに着実な態勢を構築するか、どのように実施のサイクルを回すかといった実装面については、課題が顕在化しつつあるように思われる。上記で述べた2つのソリューションは、場合によっては第三者の知見を要するかもしれないが、あるべき姿を描きつつ、組織への浸透・牽引役をしっかりと担っていくことがこれからのリスクマネージャーにとって極めて大事なように思われる。有事に備えるリーダーシップこそ現場に期待したい。

(調査協力:池田 雅史)

1) ヒアリングは、2016年10月~2017年3月にかけ実施。中堅行を中心に地方銀行約10行に対し行った。回答は主にリスク管理部門。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

松本ゆかりYukari Matsumoto

金融デジタル企画一部
副主任システムコンサルタント
専門:金融機関動向分析

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