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もう一つの「総括的検証」の必要性

2017年6月号

金融ITイノベーション研究部 上級研究員 竹端克利

金融政策の先行きに関して、日本銀行と市場参加者の間で認識のギャップが拡大している。インフレ目標達成への道筋が幅広い主体の間で共有されるためには、「物価形成のメカニズム」という基本的な問題にまで立ち返った「総括的」な検証が必要である。

低インフレにもかかわらず「引き締め」を予想する市場参加者

 日本銀行に対する市場参加者の関心が、「金融政策の引き締め」に集まっている。Bloombergが4月に実施した市場参加者向けの調査では、調査対象39人のうち33人が日銀の次の一手を「引き締め」と回答している。また、日本経済研究センターによる「ESPフォーキャスト調査」の4月調査においても、40人中34人が日銀による次の一手を「引き締め」ないしは「枠組みの変更」と回答している。

 一方、物価動向をみると、日銀が目標とする消費者物価指数(除く生鮮食品)は本年3月時点で0.2%の上昇に留まっている。「物価の基調」を表すとされる生鮮食品及びエネルギーを除く総合指数も0.1%の下落と、目標達成までにはかなりの距離がある(図表)。

 したがって、物価動向から素直に考えると、市場参加者が意識すべきは「引き締め」ではなく「政策の長期化」(場合によっては追加緩和)である。それにも関わらず、先に述べたように市場参加者の大半が逆の方向、すなわち金融政策の「引き締め」を予想している背景には、次のような事情があると思われる。

 第一に、海外金利に上昇圧力が加わっていることである。米国では、連邦準備制度理事会(FRB)による利上げやバランスシートの縮小開始(国債とMBSからの償還金の再投資の縮小あるいは停止)、トランプ政権による拡張的財政政策など、金利上昇をサポートする材料に事欠かない。ユーロ圏でも、欧州中央銀行(ECB)による金融緩和の早期解除が意識されるなど、市場に織り込まれている方向感としては引き締め方向である。海外金利が上昇すると国内金利もそれに引きずられるため、日銀も長期金利を0%に維持するのは難しくなるだろうと考える市場参加者は多い。

 第二に、日本の景気が拡大基調にある点である。足元の需給ギャップはほぼゼロかプラスにまで縮小しているほか、景気動向指数や日銀短観など、景気の拡大を示す経済指標が相次いでいる。景気拡大の結果として物価上昇を見越し、金融政策の引き締めを連想するのは自然であろう。ただし、市場参加者が予想する将来のインフレ率が2%に届いていないのは不可解だが、これについては後ほど触れたい(※1)。

 第三に、市場参加者自身が、マイナス金利の撤廃や長期金利の誘導目標の引上げなどを望んでいる可能性がある。日銀は、昨年9月の「総括的検証」以降、「『景気』『物価』『金融』のバランスを図りながら金融政策を運営する」というスタンスを強調してきた。それまでの「景気と物価」に「金融」が加えられたことで、金融政策運営において金融機関の収益にも一定の配慮をするとの姿勢が示された訳だが、市場参加者がこの点に過度の期待を寄せている可能性が高い。

「景気拡大&低インフレ」という「悩み」

 一点目の海外の金利上昇を理由とする引き締めについては、黒田総裁はじめ複数の幹部が公の場で再三にわたってその可能性を否定してきたし、三点目の市場参加者が先行きの予想に自らの「希望」を織り込むこと自体は珍しいことではない。おそらく、日銀として悩ましいのは、二点目に関する点だろう。

 前述の通り、市場参加者は、金融政策の引き締めを予想する一方で、将来のインフレ率は1%前後に留まると予想している。日銀が「2%のインフレ目標達成が政策転換の必要条件」と繰り返し強調しているにもかかわらず、市場がそれと「矛盾した」予想を形成しているということは、インフレ目標を軸とする金融政策自体に疑問を投げかけている可能性がある。この場合、「インフレ目標の撤廃」などの「極論」を除いて考えると、金融政策に対する信頼を高めるための現実的な方策としては、実際のインフレ率が目標に向けて着実に上昇したという「実績」を示す以外にない。

 仮にそうだとすると、「実績」として景気が拡大し需給ギャップが縮小しているにも関わらず、実際の物価が上向かないという現実は、日銀にとって最も深刻な問題といえるかもしれない。「『量的・質的金融緩和』による実質金利引き下げ→需給ギャップ縮小と予想インフレ率の上昇→2%のインフレ率の実現」という日銀が想定していた物価形成のメカニズムそのものの妥当性が問われてくるからだ。

「物価の決まり方」に関する「総括的検証」を

 「物価はどのように決まるか」という問いは、基本的だが極めて重要な論点である。先に触れた日銀の想定する物価形成メカニズムは、教科書的には概ね正しい。しかしながら、企業の価格設定行動の変化や消費者の嗜好の変化など、消費の現場で価格を決定している要因がどう取り扱われているのかがわかりにくいだけに、企業経営者や生活者と日銀との間で、物価決定の捉え方にギャップが生じている可能性が高い。実際、4月27日の金融政策決定会合後の総裁記者会見では、この点に関する指摘が散見された。さらに、少子高齢化などの人口動態の変化や潜在成長率の低下といった構造要因による影響まで含めて考えると、「物価の決まり方」に関して検討すべき論点は非常に多岐にわたる。

 日銀が昨年9月に公表した「総括的検証」においても、金融政策の波及経路やその前提となる物価形成のメカニズムについて、それ自体を問い直すという作業は行われなかった。しかし、景気拡大と低インフレが並存する状況が今後も続くようであれば、その前提自体の信頼性が問われてくる。日銀が、市場参加者や企業経営者や生活者など、幅広い主体とインフレ目標達成に向けた道筋を共有するためには、改めて「物価の決まり方」そのものを「総括的」に検証する必要があるのではないだろうか。

1) 日本経済研究センターが実施した「ESPフォーキャスト調査」(4月調査)によると、2018年度の消費者物価指数上昇率(生鮮食品を除く総合)の予想値は1.00%である(調査対象40機関平均)。また、物価連動債から算出される予想インフレ率であるBE(I BreakEven Inflation)は、4月中の平均値で約0.4%だった(Bloomberg)。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

竹端克利

竹端克利Katsutoshi Takehana

金融イノベーション研究部
上級研究員
専門:マクロ経済分析、金融政策分析

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