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トランプ政権における保護主義の影響

2017年4月号

未来創発センター戦略企画室 上級エコノミスト 佐々木雅也

米新政権の経済政策は、財政政策が中心でも保護主義に傾いた場合でも、政権側が意図しない形でインフレ期待を高め、ドル高を招きやすい。将来的には、トランプ大統領がドル安をより強く志向することで、自らが招いた通貨高を打ち消そうとする可能性があるのではないか。

トランプ大統領に振り回される金融市場

 昨年11月8日にドナルド・トランプ氏が米国の新大統領になることが決まった後、金融市場は同氏の一挙手一投足に振り回される展開が続いている。

 当選直後は、同氏が選挙戦中から繰り返し主張してきた保護主義的な政策は影を潜め、インフラ投資や税制改革、規制緩和といった前向きな政策が前面に出てくることで米国経済が再加速することを金融市場は(勝手に)期待した。その結果、昨年末にかけては株高だけでなく金利高、米ドル高が同時進行で起きたが、年を越えて新大統領の内向き姿勢の強さが次第に明確になってくると、長期金利の上昇やドル高のもう一段の進展には歯止めがかかりはじめた。

新大統領はこれからも支持者を裏切らない

 金融市場は最初、“新大統領性善説”にすがってはみたものの、今は、それは裏切られるかもという不安感に苛まれているのかもしれない。だが、当のトランプ大統領は今のところ、同氏に投票した支持者の期待を何一つ裏切ってはいない。

 1月20日の大統領就任演説でも改めて明らかになったように、トランプ大統領の主義主張は全て、米国で普通に暮らす「忘れられた人々(the forgotten men and women of our country)」に向けられている。この文脈のなかでは、自由貿易やグローバル・サプライ・チェーンの深化は、米国の一般の人々から富や繁栄を奪った「敵」でしかない。その敵から米国が身を守る最大の手段としてトランプ大統領が掲げているルールが「米国製品を買い、米国民を雇う(Buy American, Hire American)」であり、こうした保護主義的な主張が、中産階級からの転落を恐れ、現状からの変化を求める一般の米国民の心を捉えた。

 だとすれば、トランプ大統領の内向きの言動は、自らの支持者たちを魅了し続けるためにも、最長8年間は強まりこそすれ、弱まることはないと見ておくべきである。それが世界の政治経済にどんな影響をもたらそうとも、自らの主張の実行こそが自らの求心力に直結する(※1)ことを同大統領は理解しているに違いない。

 例えば、上記のルールを厳格に遵守しようとすれば、海外からのモノや労働者の流入を遮断する一方で、米国内で米国民がモノを生産できるように投資を米国内に(無理やりにでも)引き寄せる必要がある。当選後に注目され始めた特定企業を狙い撃ちする“つぶやき”や、就任直後に乱発された大統領令などは概ねこの目的に沿っている(※2)。

必要以上にインフレ期待を高める新政権の経済政策

 それでは、トランプ大統領による保護主義的な言動が今後も続いた場合に金融市場、なかでも為替レートはどのように推移していくのだろうか。

 それを読み解く最初のカギは米国の長期金利の動きにある。米国の10年債の利回りは、トランプ大統領が当選する直前は1.8%台だったが、その後は一時2.6%にまで急騰した。その原因は、前述のように、トランプ大統領が財政政策に積極的に動くことで、米国経済の再加速と物価のさらなる上昇を市場が期待したことにあるが、今年に入ってから、保護主義への懸念が頭をもたげるなかでも長期金利は大きくは低下せず、2%台前半で推移している。

 今年に入ってからの米長期金利の調整が昨年末の上昇幅の大きさのわりに小粒なのは、米国の中央銀行であるFRBが今年に入って金融政策の正常化を加速させようとしていることが要因の一つではある。だが、それだけではなく、トランプ大統領の(意図しない)供給抑制的な政策志向が債券市場に影を落としている可能性がある。

 例えばトランプ政権では、米国から輸出をした企業の法人税は引き下げる一方で、同国に向けて輸入した企業の税負担は重くする「国境税」の導入を検討しているとされる。仮にこれが実行されれば、輸入コストの増加が最終的には小売価格に反映され、インフレの加速につながる可能性が高い。また、失業率が4%台に入り、完全雇用の状態に相応に近づいているとされる米国経済では、移民の流入抑制は労働市場の過度な引き締まりをもたらし、賃金の上昇を必要以上に加速させてしまいかねない。

 結局のところ、トランプ政権の経済政策は、インフラ投資が中心になる場合でも保護主義に傾斜していく場合でも、政権が意識しない形でインフレ・賃金高や金利高が進みやすい内容になっている。こうしたインフレ加速への懸念は、今年に入ってから、FRBが利上げやバランスシートの圧縮を含めた金融政策の正常化を加速させようとする誘因にもなっていると考えられる。

 仮に、インフレ期待の上昇やFRBによる金融政策の正常化ペースの加速が今後も続くとすると、理論的には海外からの資金の流入、つまりドル高を招くことになる。今でこそ、トランプ大統領が既にドル高に懸念を示したことや、新興国経済の多くが持ち直す兆しを見せていることでドルの上昇は小休止をしているが、今後、国境税の導入やインフラ投資、軍事支出への積極姿勢がより鮮明になった場合には、インフレ期待が一段と高まる可能性があり、そのことがさらなる金利上昇やドル高をもたらすという悪循環に陥る危険性もあるだろう。

自ら招いたドル高がドル安政策への転機に

 その一方で、ドル高の進展は、米国の輸出企業の競争力を殺ぐなど、国際的に活動する企業の収益を圧迫する要因となるだけでなく、輸入品の価格上昇が抑制されて輸入数量の増加圧力が強まるため、長期的には貿易収支を悪化させる。これはトランプ大統領が目指す「米国製品を買い、米国民を雇う」ルールに著しく反する。前述のように、トランプ大統領は既に対中貿易赤字の大きさを念頭にドル高に対して懸念を示してはいるが、仮に今後、ドル高や金利高の色彩が再び強まり、それに伴って米国経済が減速してきた場合には、米国第一主義で期待を煽った支持者を裏切れないトランプ政権は、より露骨にドル安志向を強めることになるのではないか。特に、このような時期が来年秋の中間選挙や、2020年に行われる次の大統領選を意識しはじめたタイミングと重なった場合には、より強くドル安へのアクセルを踏む危険性があり、注意が必要だと言える。

1) 例えば、米ギャラップ社が2月1日~5日に行った調査の結果によると、共和党支持者の米国の現状への満足度は、トランプ大統領が就任する直前に行われた1月調査の22%から55%へと急上昇している。もっとも、この値は同じ共和党のブッシュ(子)大統領が就任した直後の2001年2月に行われた同じ調査の結果(67%)を下回っている。
http://www.gallup.com/poll/203891/gopsatisfaction-direction-soars-democrats-drops.aspx?g_source=Politics&g_medium=newsfeed&g_campaign=tiles
2) もっとも、トランプ大統領は2月28日に連邦議会で行われた演説のなかで「現実的で建設的な移民制度改革は可能だ(real and positive immigration reform is possible)」とも述べている。それと前後して掲載された複数の米メディアの記事では、同大統領が、犯罪に関与していない不法滞在の移民に対して法的な身分(legal status)を与えることを検討していると報じている。これが事実ならば、同大統領は選挙戦中に繰り返し唱えた持論からは大きく妥協していることになる。しかし仮に、同大統領が、自身の主張を頑固に貫いて政策が動かなくなることよりも、政策を実際に前に進めることの方をより重視しているとしたら、トランプ大統領はこの事例のように、自身の主張の根幹は曲げない範囲で政策の中身をトーンダウンさせていき、議会などの交渉相手に妥協を迫るというスタイルに次第に収斂していくと考えられる。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

佐々木雅也Masaya Sasaki

未来創発センター戦略企画室
上級エコノミスト
専門:マクロ経済分析

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