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ガバナンスの向上とより良い対話のための長文型監査報告書

2017年3月号

ホールセールソリューション企画部 上級研究員 三井千絵

英国や世界各国で導入され始めている長文型監査報告書は、企業のガバナンス向上の議論から取り組まれたものである。企業開示の信頼性向上と、投資家との対話の充実をめざし、日本でもできるだけ早く本格的な取り組みが行われることを期待する。

 コーポレートガバナンス・コード(CGコード)の先行国である英国では、株主に対するマネジメントの責任強化のため、2011年から監査報告書の拡充の検討が行われ(※1)、2013年に新しい監査報告書「Extended Auditor’s Report」(「長文型監査報告書」)(※2)が導入された。新しい監査報告書では投資家の意見を取り入れ、監査意見の背景となる情報が記載されている。企業の説明力の強化につながっており、EUでも導入予定である。

コーポレートガバナンスの向上に向けた効果

 英国で長文型監査報告書はどのような議論を経て導入されたのか。英国のCGコードに関する取り組みでは、金融危機の直後ということもあり、投資家、企業双方において、ガバナンスの向上には企業開示(マネジメントの説明責任)の改善と信頼性の向上が必要と意識されていた。英国のFRC(財務報告評議会)(※3)は2011年、企業開示信頼性向上のための検討を開始し、その中で監査報告書の見直しに着手した。投資家代表委員は、監査のプロセスがブラックボックス化しているという不信感を持っており、“もっと株主に対し監査の過程をフィードバックするべきだ”という考えを示した。これらの意見を背景に監査意見だけが記載されていた監査報告書を見直すこととなり、企業のマネジメント責任の強化と説明力の改善を目的に、監査人が監査の過程で認識した主要なリスク等(キー・オーディット・マターズ:KAMと呼ばれる)の説明、マテリアリティ(監査で、一定の金額以上の間違いがあった場合、投資家の意思決定に影響があるとして監査意見に反映させる当該金額)の開示、監査のスコープ(監査のリソースをどこにどう割り当てたかなど)を記載することとなった。

 検討開始当初、監査上リスクがある項目についていろいろ記載することによって監査意見の明確さが損なわれる、企業によって開示されていない新しい情報が記載される恐れがある、といった懸念が示された。FRCはそうした意見を踏まえ、監査人は“監査を行っていた時に注意を払い、企業と議論した事項の中から特に重要なもの”をKAMとして選定する、当該KAMの説明に必要となる企業の情報は企業が既に開示している部分を参照するといった方式にすることで、企業や投資家から出た懸念を解決していった。

 FRCの集計(※4)によると、実際にKAMとしての記載が多かったのは、資産の減損、内部統制や、税務に関するものだった。例えば、のれんの状況について、企業が現在の価値を評価し今年は減損の必要なしと判断、監査人も、監査委員会との議論や十分な監査の結果、企業の判断を問題なしと結論付けたとする。それでも監査人が、企業が用いた減損評価モデルに含まれる市場の予想に関するブレなどを考慮すると、企業が判断を誤るリスクが大きい重要な情報と考えた場合は、それをKAMとして監査報告書に記載する。監査人と企業が十分に議論することによって、企業がのれんの評価に関する情報を一層開示する動機付けとなるだけでなく、のれんの減損リスクへのより慎重な対応や問題の早期発見につながるかもしれない。このように長文型監査報告書は、企業のガバナンス向上に貢献することを目的の一つとしている。

投資家に評価される長文型監査報告書

 英国では長文型監査報告書は2013年から全上場企業に対し適用され、元々の目的の一つであった「投資家にとって役立つもの」としても評価されている。

 ある大手運用会社のガバナンス担当者は、長文型監査報告書を主にエンゲージメントで活用している。特にKAMの記載事項は企業との対話において議題とすることが多い。記載内容を投資家が理解することによって、限られた時間の中での企業との議論をより深めることができる。また、監査のスコープは、KAMと組み合わせることにより、監査人がリスクと捉えた箇所に実際に監査のリソースをどの程度割り当てたかを知ることができる。

 マテリアリティの開示も同様に評価が高い。これは、投資家と監査人の相互理解促進にも役立っている。導入当初は、マテリアリティの値は投資家が期待するものとはなっていなかった(閾値となる金額が大きかった)。その後開催された監査人と投資家のラウンドテーブルなどで認識の違いが共有されると、翌年以降徐々に投資家の望む数値になっていった。

日本での導入の課題と可能性

 英国やEUと同レベルのCGコードを導入し、投資家によるエンゲージメントの活性化を求める日本でも、本来同様の取り組みがあるべきだと思われるが、長文型監査報告書の導入にはいくつかの課題がある。

 一つは、期末から株主総会までの期間が先進諸国の中で最も短い日本において、監査人と監査役が十分に議論する時間がとれるかどうか、という点だ。もう一つは、監査報告書で記載される情報にあわせ、有価証券報告書の開示を拡充できるか、という点だ。財務情報については、英国では上場企業にIFRSが適用されているため、KAMで記載された箇所の詳細な開示を各社各様に行うことは会計基準の方針とも合致している。しかし日本企業の多くが適用するJ-GAAPでは注記も含め開示の多くは固定的になっている。KAMに記載される可能性が高い項目のうち、現時点で注記を行う決まりがないものは、注記に詳細な情報を追加して開示するよう開示ルールや指針の見直しが必要となるだろう。また英国ではKAMを記載するために、長文型監査報告書の導入と同年に年次報告書において“ビジネスモデル”や“主要なリスク”を開示する枠組みが整えられた。監査人はこれらの記載とKAMの記載との間の整合性について確認することが求められている。日本では、有価証券報告書に似たような非財務報告セクションが既に設けられているが、開示内容がKAMの記載に比べて十分であるかどうかの見直しや、開示規制の強化が必要となるだろう。

 長文型監査報告書は、EUやオーストラリアでは2018年から対応予定であり、米国やカナダでは自国基準に取り込み中、中国でも導入の検討が行われている。外国人投資家からの、日本企業の長文型監査報告書に対するニーズも高まる可能性がある。課題はあるものの、長文型監査報告書の導入に取り組むことは、日本企業における投資家との対話やガバナンスの向上への貢献につながるだろう。日本でも早期に導入に向けた準備が始まることを期待したい。

1) 2011年FRCが発表したディスカッション・ペーパー“Effective Company Stewardship: Enhancing Corporate Reporting and Audit”
https://www.frc.org.uk/Our-Work/Publications/FRC-Board/Effective-Company-Stewardship-Enhancing-Corporate.aspx
2) 監査基準は国際監査基準を元に各国の法令にあわせてそれぞれ対応が行われるため、国ごとに完全に同じコンテンツにはならない。英国の場合はExtended Auditor’s reportとして「拡張型」といった意味合いが強く、マテリアリティ等、国際監査基準で導入されていないものも対象としている。なお国際監査基準では「長文型監査報告書」と訳されているため、本稿では同取り組みを全て「長文型監査報告書」とした。「長文式監査報告書」という訳もみられる。
3) FRC;Financial Reporting Council 英国で企業開示、監査、コーポレートガバナンスなどを管轄するレギュレーター。
4) FRC発行、“Extended auditor’s reports: A review of experience in the first year”では実際に開示された監査報告書を調査し、その傾向を報告している。
https://frc.org.uk/Extended-auditors-reports.pdf

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

三井千絵

三井千絵Chie Mitsui

金融デジタル企画一部
上級研究員
専門:財務データ、企業開示等

注目ワード : コーポレートガバナンス・コード

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