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実運用フェーズに入ったレギュラトリー・サンドボックス

2017年2月号

金融デジタルイノベーション推進室 上級研究員 柏木亮二

既存の規制の中にある種の「特区」を設けて新たなビジネスアイデアを実験する場を整備し、金融イノベーションを促進する仕組みとしてレギュラトリー・サンドボックスが注目されている。それまでのプロダクト・アウト的発想だった金融産業を、消費者の利便性向上を目指すマーケット・イン型の産業へ転換させる動きが加速している。

注目を集めるレギュラトリー・サンドボックス

 政府主導のもと官民が連携してイノベーションを後押しする取り組みとして、革新的な金融商品・サービスの提供に向け、事業者に対し現行法を即時適用することなく、安全な実験環境を提供するレギュラトリー・サンドボックス(Regulatory sandbox)が注目されている。

 レギュラトリー・サンドボックスは直訳すれば「規制の砂場」とでもなる。一般的に規制の多い産業領域への新規参入は、新しいアイデアやビジネスモデルが既存の規制に抵触するかもしれないという不確実性が存在するため、規制の少ない産業と比較して新規参入のコストが高く、またビジネスの成功までの期間が長いと言われている。金融領域は規制の多い分野の一つであることは論をまたないが、近年のFinTechの隆盛を受け、金融産業の競争力強化を政策目標に掲げる規制当局による、規制の不確実性を低減させ新規参入を促進するための取り組みとして、ビジネス環境にある種の「特区(=砂場)」を作り、その中で新たなアイデアやビジネスモデルのフィージビリティを検証しようという仕組みがレギュラトリー・サンドボックスである。

英国FCAのレギュラトリー・サンドボックスの概要

 レギュラトリー・サンドボックスは英国の金融行為規制機構(FCA)が2014年10月にスタートした消費者便益の向上と競争促進のためのプログラムである「Project Innovate」の一環として導入された仕組みである。このFCAのProject Innovateは米国の消費者金融保護局(CFPB)が2012年に開始した「Project Catalyst(“catalyst”は「触媒」を意味する)」をモデルとして考案されたと言われている。

 米国CFPBのProject Catalystの特徴は、銀行口座を持たないアンバンクト層への金融アクセスの改善(金融包摂)や消費者の決済の利便性向上といった消費者サイドの具体的な課題を掲げ、その課題解決にデータに基づいた意思決定と機動的な実験プロセスを組み込んだことである。この思想は英国のProject Innovateにも引き継がれており、特に後者の実験プロセスを、より洗練されたフレームワークとして整備したものがレギュラトリー・サンドボックスであるといえる。

 FCAのレギュラトリー・サンドボックスは、次のようなステップで構成される。

 まず事業者側から新たなビジネスアイデアの提示と、そのビジネスアイデアに抵触する可能性のある規制の懸念点と改善策の申請が行われる。申請を受けたFCAは内容を審査し、レギュラトリー・サンドボックスの適用基準を満たしているかを評価する(この段階で規制の懸念点が解消されるケースもある)。その後、事業者とFCA間で実験手法を協議し、規制緩和の範囲、対象となる顧客セグメント、実験期間、そして改善効果を測定するためのKPIなどを合意する。このKPIには定量的な目標を設定することが求められる。例えば新たな貯蓄支援サービスでは「低所得者の貯蓄率向上効果」、ブロックチェーンを用いた決済システムでは「取引が時間通りに正しく完結したかの日毎のモニタリング」などが定量的なKPIとして要求される。

 実際に実験が開始されたあとは定期的にKPIを測定・評価し、合意された実験期間終了後には当初想定された改善効果が達成されたかをFCA側で評価する。その結果、改善効果が認められた場合は規制緩和の具体的な検討がスタートし、あわせて事業者側に、その実験した商品・サービスを実際に提供するかを判断させる。

 一方で、改善効果が見られなかった場合は、実験はその時点で終了となる。また、実験対象となった商品・サービスを実際に利用していた利用者は、実験開始前に事業者が準備した既存の金融機関等が提供している類似のサービスへの移行を受けられるため、実験参加者への不利益は生じない工夫がなされている。

 先ごろFCAはレギュラトリー・サンドボックスの第一期の実験開始を発表した。第一期では、21の事業アイデアがレギュラトリー・サンドボックスの対象として実験を開始することとなる。これらの中にはブロックチェーンを金融実務に適用する実験や、プリペイドカードを用いた新たな決済ネットワーク構築などの実験が盛り込まれている。

世界に広がるレギュラトリー・サンドボックス日本でも導入の機運が高まる

 このレギュラトリー・サンドボックスは、現在多くの追随国を産んでいる。シンガポール、アブダビ、香港、オーストラリア、マレーシア、台湾などがレギュラトリー・サンドボックスの採用を発表している。また、欧州ではEBF(European Banking Federation)が、すべてのEU加盟国にレギュラトリー・サンドボックスの枠組みを導入する法改正対応を求める声明を発表し注目された。シンガポールのシンガポール金融管理局(MAS)のレギュラトリー・サンドボックスの枠組みを利用して三菱東京UFJ銀行と日立製作所がブロックチェーンを用いた債権管理プラットフォームの実験を行うという発表もあった。

 日本でも関連省庁によるFinTechへの政策対応を検討する過程でレギュラトリー・サンドボックスの導入が論点として注目されてきた。これらの議論の高まりを受けて、昨年11月の産業構造審議会で具体的なレギュラトリー・サンドボックス導入の道筋が示され、今年の政府の成長戦略に金融やAI活用、まちづくりなどの分野でのレギュラトリー・サンドボックスの導入が盛り込まれる方針であるとの報道もなされている(日本経済新聞、2017年1月6日)。

 これまでの日本の金融行政は、現状の金融システムを前提として利用者保護や不正防止、安定運用などを重視したある種の「プロダクト・アウト」的な運営を行ってきた。確かにこれらの目的を高いレベルで達成してきたことは疑うべくもないが、一方で利用者の利便性向上をもたらすような新たなプレーヤーの参入による事業革新を促進する環境とは言いがたかった。しかし近年、金融庁も消費者の利便性向上を政策目標に掲げるなど「マーケット・イン」型の新たなスタンスに方針転換したといえる。金融ビジネスのイノベーションを促すためにも日本にも実効性のあるレギュラトリー・サンドボックスの導入を期待したい。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

柏木 亮二

柏木亮二

金融ITイノベーション事業本部 ビジネスIT推進部
上級研究員
専門:IT 事業戦略分析

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