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ナポレオンにご用心

2017年1月号

ホールセールソリューション企画部 上級コンサルタント 須貝悠也

ナポレオン・ボナパルトは抜群の政治力で皇帝の座にまで登り詰めたが、同時に稀代の軍略家でもあった。彼の軍才を示す逸話は枚挙に暇がないが、その筆頭はやはり「アウステルリッツの戦い」だろう。

 1805年12月、当時のオーストリア領アウステルリッツ郊外において、大グランド・アルメ陸軍73,000を率いるナポレオンは戦術上優位を得られる高地への布陣をあえて放棄し、オーストリア・ロシア連合軍85,000と対峙する。苦もなく高地を手に入れた連合軍は、フランス軍右翼が手薄である事を看破し攻撃を開始するが、すべてはナポレオンが仕組んだ罠であった。複雑な地形に位置した敵右翼の撃破に手間取った連合軍は、高地に陣を敷く自軍の優位を信じ、留めていた戦力を割いて増援として投入してしまう。この機を待っていたナポレオンは、敵の死角に密かに配置していた師団に即座に高地への突撃命令を下し、弱体化した敵軍を見事粉砕、敵陣の分断に成功する。パニックに陥った連合軍は総崩れとなり、最終的に死傷者15,000名を出す歴史的敗北を喫するのである。

 連合軍は「高地に布陣する」、「敵の弱点を突く」という戦術の定石に従ったのにも拘らず、惨敗の憂き目に遭ってしまった。なぜ敗れたのか。その示唆を得るのに、哲学者ジョン・サールの「中国語の部屋」という思考実験を紹介したい。『英語しか理解できない英国人に中国語の問答集を渡し、小部屋に入ってもらう。彼は壁の小さな穴を介して外部から中国語で書かれた質問文を受け取り、文字列を頼りに問答集から中国語の回答文を探し出し、書き出して外部に返す。外部からは部屋を介して中国語のやり取りが成立しているように見えるが、部屋には一人、中国語を解さない英国人がいるのみである。』

 サールはこの思考実験を通して「機能」と「意識(意味の理解)」とが別物である事を主張したが、観点を変え「その行動が意味の理解に基づくものか、機能の発現に過ぎないのか」を考えてみても面白い。意味の理解を伴わない機能(英国人)は、普段正しい結果を示していても、意図せざる事態(問答集に無い質問)には対応できない。アウステルリッツの戦いで、もし連合軍が「定石だから」と戦術を深く吟味する事なく “機能的に”用いたのであれば、軍略の天才ナポレオンに手玉に取られてしまった事も頷けよう。定石、前例、ルーチンワーク…我々もこうしたものを扱う際には思わぬ落とし穴に嵌らぬよう、「自分が“英国人”になっていないか」と立ち止まり自問するのも悪くないかもしれない。

 ちなみに、高級ブランデーを指す「ナポレオン」は本来等級を意味する言葉だが、その響きから筆者は「そういう名のお酒がある」と長年思い込んでいた。皆様もナポレオンの罠にご注意を…。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

須貝悠也Yuya Sugai

金融デジタル企画一部
上級コンサルタント

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