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第5回「日中金融円卓会合」報告

2016年10月号

NRI 北京 金融システム研究部長 神宮健

野村総合研究所(NRI)と中国の有力シンクタンク「中国金融四十人論壇」は、今年6月24日、第5回「日中金融円卓会合」を開催した。

 2012年の初回以降、毎年北京で開催してきたが、今年は初の東京開催となった。同会合の趣旨は「日中両国の金融市場に関する政策課題について意見を交換し、その知見を共有すること、及び、日中両国の金融面での人的ネットワーク強化を通じ、政策当局や研究者、実務家の交流を活発化すること」であることから、中国側参加者は来日中、日本の関連省庁や金融機関・シンクタンクを訪問し、日中の経済・金融についての理解を深めた。本会合では、両国が直面するデフレーションと経済構造改革について活発な議論が交わされた。以下で会合の一部を紹介する。

※スペースの都合で省略せざるを得なかった部分が多い。詳細は、下記に掲載の議事録を参照されたい。
http://fis.nri.co.jp/ja-JP/fmp/jp_cn_conference/discussion.html

第1部 デフレーションの経験と対応

 中国金融四十人論壇 秘書長である王海明氏の進行のもと、まず6名の方からリードコメントをいただき、その後自由討議を行った。

①中国社会科学院 高級研究員 余 永定氏 (元人民銀行貨幣政策委員)

 中国の潜在成長率が低下したことは中国の経済学者の間でほぼコンセンサスである。最近の物価、設備稼働率、輸入数量の落ち込みを見ると、現実の経済成長率は過大評価されており潜在成長率に達していないと考えられる。中国は構造改革を進めて潜在成長率を回復させるとともに、過剰生産能力を是正する必要があるが、後者は短期的に経済への下押し圧力を伴う。これを抑制するために財政政策、特にインフラ投資を拡大するべきである。中国の公的債務はGDP比約41%で、国債発行による資金調達余地がある。現状では、経済成長率の引き上げによって債務問題を緩和する方が有効である。

②国務院発展研究センター マクロ経済研究部 巡視員 魏 加寧氏

 中国経済の構造問題には①構造的デフレ、②構造的失業、③構造的需給ミスマッチがある。こうした中で、財政・金融政策による経済刺激を提唱する意見(「輸血」)、「新常態」への適応には改革は必要ないという意見(「麻酔」)、国有企業改革、財税改革、地方政府改革を加速すべきであるという意見(「手術」)がある。これらのバランスが重要であり、「輸血」や「麻酔」のみで「手術」をしなければ、中国経済は最終的に問題に直面する。

 供給側改革の焦点は、民主的監督の強化による国有企業改革であり、財務情報開示が最重要である。一方、需要側では、建設コストが低下しているうちに民間投資を大型インフラへ誘導すれば、経済発展の基礎を築ける。産業の構造転換と高度化を加速させる一方で、適切なマクロ刺激策を実施すれば、新たな成長を実現できる。

③中国金融四十人論壇 高級研究員 管 濤氏

 マイナス金利政策のデフレへの効果は限定的である。マイナス金利は貨幣の問題によるデフレを改善できても、生産能力過剰や人口高齢化などの構造問題によるデフレの改善にはあまり役立たない。構造問題は構造政策で解決すべきである。

 マイナス金利政策には信用、資産価格、ポートフォリオ・リバランス、リフレーション、為替といったチャネルを通した波及メカニズムがある。ただし、日欧のマイナス金利政策は量的緩和の後に実施されており、各チャネルで期待される効果は量的緩和でかなり実現済みである。

 また、間接金融を主体とする金融システムでは、マイナス金利政策の銀行への負の影響に注意を要する。

④慶応義塾大学 経済学部 教授 池尾 和人氏

 日本経済の「失われた20年」について、90年代のバブル崩壊後の総需要低下のプロセスにおいては、企業部門のバランスシート調整の影響をより重視する必要がある。2000年代以降の低迷には、交易条件の急激な悪化で国内需要が抑制されたことの影響もある。実際、90年代末頃から、実質賃金低下により、物価が下がっても生活はよくならないという認識が広がった。実質賃金が伸び悩んだ原因としては、交易条件の悪化が大きい。電機産業などの国際競争力が低下し、輸出価格が上がらなかったためと見られる。このように、日本の経済低迷については、企業の競争力低下といった実体経済面が大きく、金融政策とはあまり関係がなかったと理解している。

⑤キヤノングローバル戦略研究所 特別顧問 須田 美矢子氏

 「デフレは諸悪の根源」との考え方が、過度な金融緩和依存と財政再建や経済構造改革の先送りに繋がった。

 供給サイドでは、少子高齢化、IT化、新興国の台頭などの構造変化に対する日本企業の対応の遅れ、不良債権処理による金融仲介機能の低下などから、資本、労働、全要素生産性に下押し圧力がかかり、需要サイドでも、期待成長率が高まらない中で設備投資が抑制された。また、潜在成長率の低下が予想インフレ率にネガティブな影響を与え、デフレの背景となった可能性が高い。

 したがって、潜在成長率を低下させている構造問題に着手しなければ、最終的なデフレ脱却には至らない。金融政策のみではデフレを克服することは難しい。

⑥リコー経済社会研究所 所長 神津 多可思氏

 日本のバブルの後始末は、90年代初頭にバブルが崩壊してから2003年頃までかかった。これほど長期にわたったのは、銀行を通じた金融仲介機能がバブル崩壊後に低下したことによる面も大きい。

 1997~98年の銀行危機の頃から、企業の不稼動資産処分や不採算事業からの撤退といった調整が進み、2002~3年頃まで不良債権処理も進められた。2002~3年を境に日本の銀行は自己資本を改善し、与信拡大に向けた基盤を整備していった。ただし、2000年以降は、企業の資金需要が強くない。背景には、日本企業がフロンティアを開拓する動きが弱まったことがあるかもしれない。

■自由討議

 自由討議では、まず、昨年、構造改革をより重視していた余氏が景気刺激策を主張したことについて質問があった。労働市場に関するデータが堅調である中、実際の成長率が潜在成長率を下回っているとなぜ判断するのか、との問いについて、余氏は「雇用統計はあまり信頼できない。労働力人口が2012年以降に毎年300万人減少するなどの労働市場における構造変化」などがあり「デフレ下でも労働市場の深刻な悪化は避けられている」と指摘した。その上で、足元では「生産能力過剰→債務の拡大→デフレという悪循環が既に形成されたのではないかと懸念」して「国債の発行増加によるインフラ投資を推進することを希望する。経済成長の安定化、経済構造の改善と金融改革の大幅な促進(国債市場の発展)も実現できて一石三鳥の効果を得られる」と述べた。

 次に、金利を自由化する一方で、最近の報道によれば、「金融が実体経済に貢献する」という方針の下、中国金融当局が貸出金利の抑制を指示していることについて、当局の意図が議論された。魏氏は「金融の実体経済への更なる貢献は行政的介入でなく、自主的な改革によって達成すべきである」が、「国有企業が国家信用を背景に低利融資を受けるといった所有制に基づく差別」が存在する点を指摘した。また、管氏も「中国では、現在でも商業銀行が金融サービスの主要な供給者であり、政府も実体経済の発展のために銀行に依存せざるを得ない」と述べた。両者とも中国の金融システムの歪みがある中での金融政策運営を行う難しさを示唆した。

 さらに、景気対策には財政出動と金融緩和に加えて為替レート(人民元安)政策も含まれるかが議論された。管氏は、「①海外経済が厳しい下で為替レートの輸出に対する効果は限られる、②中国では為替レート変動による(市場への)心理的衝撃が比較的大きい。③為替レートの柔軟性を強めれば金融政策の独立性に余地が生まれるが、金融政策が本当の意味でモデル転換を果たしていない中、安定的な為替レートに代替するアンカーが必要である」と指摘し、中国政府が現段階で為替レートの安定を強調しているとの見方を示した。

昼食懇談会 「日本社会が直面する非連続な構造変化」

 昼食時には、野村総合研究所 理事長の谷川史郎が「日本社会が直面する非連続な構造変化」と題して講演を行った。日本社会は、情報技術革新による産業構造変化の加速と人口減少という構造変化に直面しているとの認識の下、コンピューターで代替される職業は何か、「ロボットは東大に入れるかプロジェクト」でロボットに模擬試験を受けさせた結果はどうか、日本人の死生観の変化に伴い医療構造はどう変化しているか、などについて説明した。中国側参加者も強い興味を示していた。

第2部 サプライサイド改革と産業構造の高度化

 野村総合研究所 金融ITイノベーション研究部長の井上哲也の進行のもと、まず5名の方からリードコメントをいただき、その後自由討議を行った。

①中国金融四十人論壇 高級研究員 張 斌氏

 いくつかの判断基準から見て中国の工業化はピークを過ぎている。工業化のピークとともに経済成長率の段階的低下が他国で見られるが、中国にも該当する。これは中国がサービス業主導の発展段階に入ったことと関連する。そして、サービス業の中でも人的資本集約型サービス業は発展し、労働集約型サービス業のシェアは低下する。

 人的資本集約型サービス業は、①工業部門から分業を経て独立したサービス業、②所得水準上昇に対応するハイエンドのサービスを提供するサービス業である。人的資本集約型サービス業では供給不足が見られる(医療、教育など)。その改善には政府機能改革を推進し、インセンティブメカニズムや情報の非対称性などの問題を解決する必要がある。

②安信証券株式会社 首席経済専門家 高 善文氏

 利益が良好な業界には過剰生産能力は存在しないはずであるとの考えから、ROAと粗利率の動きに着目すると、過剰生産能力の業界は非鉄金属、鉄鋼、石炭の各産業チェーンの中上流に集中していることがわかる。

 過剰生産能力問題は、景気循環的な現象であると同時に、一部の業界では国有資本の集中により市場の調整が遅延されている。国有企業が多数存在すると、企業閉鎖などの自立調整プロセスが阻害される可能性がある。

 工業製品価格は、昨年11月以降、中央政府の過剰生産能力解消の決意や財政刺激発表を受け急反発した。しかし、3~6ヶ月後には、インフラ建設減少や不動産市場の再下降により、再び下落するのではないか。

③立正大学 経済学部教授 吉川 洋氏

 経済成長の源泉は構造改革にあり、その本質はプロダクト・イノベーションにある。人口が減るので経済成長は殆どあり得ない、との議論は正しくない。日本が高度成長期に経験したように、経済成長は人口の伸びではなく、イノベーションによる1人当たり所得の上昇である。この事実は、今後の中国にも当てはまる。

 あらゆる財やサービスの需要は必ず天井を迎え鈍化する。既存の財やサービスの価格引下げによる経済成長には限界があり、持続的な経済成長のためには、プロダクト・イノベーションとそれを支える新しい産業を生み出すことが重要である。

④日本総合研究所 副理事長 翁 百合氏

 「アベノミクス」の成長戦略を見ると、2014年には日本企業のROEの低さが焦点となり、コーポレートガバナンス・コードが導入され、同時にスチュワードシップ・コードもまとめられ、機関投資家が長期的な企業価値引き上げを経営者に働きかける仕組みが導入された。また、今年は、法人実効税率が29%台に引き下げられた。

 規制改革面では、農協改革に60年ぶりに取り組んだほか、医療、観光分野でも規制が緩和され、過去に比べて進捗した。ただし、労働市場改革は「道半ば」である。

 今年は、「第4次産業革命」が重視され、「IoT」、「ビッグデータ」、「AI」の活用と専門的人材育成がテーマである。ヘルスケアや環境関連の市場育成も課題であり、シェアリングエコノミーも重要である。これらの流れを踏まえ、関連規制を見直すことが必要である。

⑤一橋大学 経済研究所 所長 北村 行伸氏

 日本経済の長期的低迷には、大企業がバブル崩壊後のバランスシート調整などにより経営面で後ろ向きになったため、イノベーションを先導できなかったことがある。

 日本社会は新しい芽を育てる意識が低く、ベンチャーキャピタルが不足するなど構造的な欠陥もあった。その反省が不十分なままで「イノベーションが大事だ」と言っても何も起こらない。

 日本の経済構造は黒船やGHQが進駐した時に大きく変わった訳である。市場メカニズムによって経済構造が内生的に変化することを期待するのは難しいように思う。

 「アベノミクス」における農業改革の場合、消費者のベネフィットと農業生産者のコストのバランスも議論されるようになっている。そうした議論の積み重ねの上で、経済構造を総合的に変えていくことが現実的である。

■自由討議

 自由討議では、中国の経済構造転換の推進力である人的資本集約型のサービス業の発展についての具体的なイメージが問われた。張氏は、「人的資本集約型サービスの大部分は市場で提供される(教育、医療、文化・エンタテインメントなど)。ボトルネックは競争が不十分なことである」。そして「不合理な規制を減らし、公平で競争的な市場環境を作るには、①インターネット技術などの新技術の導入、②政治家の遠謀、③経済開放と所得水準の向上が考えられる」と述べた。

 一方、中国経済のマイナス面の処理である過剰生産能力の問題については、バブル崩壊以降、過剰生産能力の解消が金融機関の不良債権処理と一体で調整されるケースが増えた日本の経験を踏まえた上で、中国の状況が議論された。魏氏は、金融機関は「アメとムチの措置を取るべきであろう。ムチは厳格な貸出規律であり、満期になれば返済してもらい、繰り延べによる事実上のデフォルトを認めてはならない。監督当局も厳格な措置を採り、ムチで貸出資金流出の「穴」(株式投資に回るなどの)を塞がなければならない。アメは、ゾンビ企業の退出に協力する商業銀行に対し、貸倒れ償却の加速と税制面での優遇といった奨励を行うことである」と述べた。

 また、国有企業の過剰生産能力の削減策として、民営化が考えられているものの、収益性が期待できない企業の株式売却は難しいのではないか、との指摘があった。これに対して、魏氏は「国有企業改革に関しては、財務諸表を先に良くした後に売却するとの考えもあるが、黒字に転じたら売却のインセンティブが低下する心配もある」と指摘し、「1996年に国有資本や株式を社会保障基金へ組み入れる、ないしは国有資産を現金化した後でそれを社会保障基金へ譲渡することで、養老保険の資金不足を解決する案を中央政府も受け入れた。(その後実現していないが)次の危機が発生する前に国有資産を現金化すべきだと思う」との方向を示した。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

神宮健Takeshi Jingu

金融イノベーション研究部
上席研究員
専門:中国経済・金融資本市場

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