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金融包摂の鍵となるFinTech

2016年10月号

金融デジタルイノベーション推進室 上級研究員 柏木亮二

金融アクセスの拡充は貧困削減のための不可欠な要素との認識が広がっている。この「金融包摂」は世界的な政策課題として重要性が高まっており、近年FinTechを活用した金融包摂促進のための取り組みが各国政府や国際機関によって進められている。金融包摂は発展途上国にとどまらず、先進国でも重要な政策課題として今後注目されるであろう。

注目を集める「金融包摂(ほうせつ)」

 「金融包摂(Financial Inclusion)」とは、世界銀行による定義では「すべての人々が、経済活動のチャンスを捉えるため、また経済的に不安定な状況を軽減するために必要とされる金融サービスにアクセスでき、またそれを利用できる状況」のことを指す。これは「社会包摂(ソーシャル・インクルージョン)」という言葉から派生して出てきたキーワードである。

 世界規模で見ると、銀行口座を保有したり、正規の銀行から融資を受けたりできる層は非常に限られている。Financial Access Initiativeによる推計では、全世界で金融にアクセスできない成人の数はおおよそ25億人存在すると言われている。これは生産年齢に当たる成人の約半分が正式な金融サービスから排除されていることを意味する。この層の多くは金融サービスを全く享受できないか、あるいはアンダーグラウンドの金融サービスを利用せざるを得ない状況にある。

 金融包摂の対象となる金融サービスには、「預金ができる口座」「適正な金利で行われる融資」「怪我や病気や死亡、または天候不順や不作などに備える保険」「安全かつ素早い支払・送金手段」などが含まれる。融資の領域ではノーベル経済学賞を受賞したムハマド・ユヌス氏が設立したマイクロファイナンスを行うグラミン銀行などの取り組みは有名である。またアフリカを中心に携帯電話のショートメッセージサービス(SMS)を利用した送金ネットワークである「M-PESA」も、アフリカや中央アジアなどの、銀行ネットワークが脆弱な国・地域ではすでに人々の生活を支える社会インフラとして不可欠な存在になっている。

「金融包摂」の推進は世界的な政策課題に

 途上国の金融包摂に取り組む独立系シンクタンクCGAP(Consultative Group to Assist the Poor)による研究では、金融包摂の進展によって「人々の生活の向上、取引コストの削減、経済活動の促進、他の社会サービスの提供や革新的な民間セクターによる開発課題への取り組みに貢献する」可能性が高まると結論づけた。

 このような流れを受けて、金融包摂は世界各国の政策課題として取り組みが進んでいる。2009年のG20サミットでの首脳声明では、「最も脆弱な人々への支援の強化」の中で金融包摂への言及が盛り込まれた。2014年のG20サミットでは金融包摂のための行動計画が採択され、中小企業金融の促進、規制及び制度を構築する機関の充実、利用者保護と金融リテラシーの向上、市場と送金・決済制度の改善といった領域への各国政府の取り組みの拡充が進められることとなった。

途上国の金融包摂の促進

 これまでの金融サービスはそのサービスを津々浦々に届けるためには、多数の店舗や全国に張り巡らせた決済のネットワークなど、非常に多額の投資が必要であった。また国際的な金融ネットワークへの参加のためには、国際的な規制への対応や最先端のセキュリティへの対処なども求められる。発展途上国にとってこれらの投資を短期間で行うことは不可能に近い状況といえる。しかし携帯電話などのIT技術を活用することによって、非常に低コストで素早く幅広く金融サービスを提供できるのではないかとの期待が高まっている。言い換えれば、FinTechによる金融包摂の促進である。

 一例として、インドでは銀行口座の未保有者が人口の47%を占めており、また中小零細企業の90%は金融機関との取引がない。現在インド政府は金融取引を普及させることを重要な政策課題としており、政府主導で様々な施策が進められている。インド国内では、携帯電話の人口普及率が80%近くあることから、携帯電話ネットワークを活用した金融包摂を進めている。携帯電話保有者に、残高ゼロでの銀行口座開設を認め、口座保有率の向上を図っている。また識字率が低いインドでは書面を必要としない形でのサービス構築が必要なため、政府主導で全国民の虹彩および指紋を登録する「ユニーク・アイデンティティ・スキーム(UID)」と呼ばれる生体認証インフラの構築が進められている。

 またインドネシア、フィリピン、ベトナムにおいても金融機関に口座を保有している国民の比率がそれぞれ36%、31%、31%にとどまっており、ASEANがイニシアチブをとって、金融包摂に関するワーキング・グループを設置し、域内での国際送金の充実や決済インフラの整備などを進めている。

先進国でも求められる金融包摂

 一方で、アメリカでは「アンバンクト/アンダーバンクト(Unbanked/Underbanked)」と呼ばれる銀行サービスを利用できない人々が1億人程度存在すると推計されている。また、アメリカ国民のうち、約9,000万人は貯蓄額が500ドルを下回るという統計もある。先進国においても、金融包摂への取り組みが求められている。

 実際、このような層に金融サービスを提供するFinTech企業も登場している。

 アメリカのペイアクティブ(PayActiv)は雇用元の企業と提携してスマートフォン上に給与口座を開設するサービスを提供している。このスマートフォン上の給与口座には従業員の給与がその働いた日数分だけ即日振り込まれる。またこの口座ではペイアクティブと提携するATMから現金が引き出せるほか、公共料金の支払いや自動積立預金を行うことができる。より高頻度かつ低コストの金融取引が、このようなスマートフォンなどを利用した電子的な口座と電子マネーの組み合わせによって可能となったのである。

 FinTechを活用することでより効果的な社会保障も可能となる。例えば我が国の子ども手当、年金など社会保障給付の振込は現在2ヶ月から数ヶ月に一度となっている。しかし、貯金を持たず経済的に余裕がない世帯にとっては、数ヶ月に一度の振込より少額でも毎週に分けてお金を手にするほうが生活を安定させる効果があることが行動経済学などの研究で指摘されている。また現金ではなく電子マネーでの給付を行うことで、支給先の本人確認を厳密に行えると同時に、支出先のトレースもできる。このような仕組みの導入により、詐欺や貧困ビジネスを防止することも可能となる。

 FinTechによる金融包摂の一層の進展が期待される。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

柏木 亮二

柏木亮二

金融デジタルイノベーション推進室
上級研究員
専門:IT 事業戦略分析

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