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レファレンス・データ管理業務の分離・共同化

2016年10月号

ホールセールソリューション企画部 上級研究員 片山謙

厳しい事業環境に直面する大手投資銀行は、レファレンス・データ管理業務の一部を分離し、他行と共に共同化することで、効率化やリスク低減に繋げる動きを進めている。データ管理の巧拙が一層問われる時代になった。

格段の効率化を迫られる大手投資銀行

 厳しい事業環境に直面する投資銀行は、格段の業務効率化を迫られている。米国発の金融危機から10年が経とうとしているが世界経済の本格復活の兆しは遠く、規制強化の影響と相まってマーケッツ事業の収益は趨勢的に減少してきた。結果、危機前は15%前後が当たり前であった投資銀行のROEは足下、一桁台に沈んでいる。

 投資家から二桁台への復活を強く要請される中、フロント・オフィスの稼ぐ力の伸び代は薄く、いきおいバック・オフィスや本社機構などコスト・センターへの効率化要請が厳しくなっている。コスト・センターではこれまでも反復業務を自動化し、生産性を高め、例外処理など人手がかかる業務についてオフショア化を進めてきた。

 しかしながらオフショア化では、既存組織の縦割り構造を持ち込んだことに伴う弊害やコミュニケーションの壁、人件費の高騰など、効率化の阻害要因も顕在化してきた。今後、自動化を進展させるとしても、個社で進めることができる余地は少なくなってきたのが実情である。

レファレンス・データ管理業務の分離・共同化

 そこでここ1~2年、最大手の投資銀行が複数連携し、ITベンダーと合弁で「ユーティリティ会社」を設立、各々のコスト・センター業務の一部を分離・共同化して運営コストの低減を目指す動きが現れてきた。その先陣として選ばれたのは、互いに競合することが少ないとみられる、銘柄情報や顧客情報などのレファレンス(参照)データの管理業務である。

 銘柄情報については、以前から、市場データ・ベンダーや取引所等が提供する情報に項目の欠落や間違いがあり、それをチェックして修正する膨大な作業が問題視されていた。そこで、データをクレンジングして提供する外部サービスの立上げがIT会社主導により幾度か試みられてきたが、大手投資銀行の支持を得るには至らず大きな流れにはならなかった。

 2015年10月に設立されたユーティリティ会社は、Goldman Sachs、J. P. Morgan、Morgan Stanleyの最大手3社とITベンダーのSmartStreamが設立母体となった点がこれまでとは大きく異なる。情報の消費者である各行がノウハウを持ち寄り、自らのコントロール下で効率化を実現させたいという強い意志の現れとみられる。そもそも3社は、以前から銘柄データベースの効率化に取り組んでいた。Goldman Sachsはフロント・オフィスやバック・オフィスが一貫性のある銘柄情報を参照しており、完全性や正確性を確保するための修正処理(※1)を一元的に行う体制を持ち、同業から羨まれるような存在であった。J. P.Morganも早期から銘柄情報の流れについて一元的に管理する体制を社内に作っていた(※2)。Morgan Stanleyは3年前からSmartStreamによる銘柄情報の修正サービスを利用しエラー率を半減させていたという(※3)。これらの能力と実績を踏まえた共同化なのである。

 なお、アセットクラスとしては、まず上場デリバティブ(※4)がユーティリティに移行され、2016年後半から2017年にかけて株、2017年後半に債券が予定されている(※5)。

 一方顧客情報については、マネーロンダリング違反で高額の罰金を課される案件が相次いだこと等を受け、口座開設時の情報確認や定期チェック、いわゆるKYC(Know Your Customer)が厳しくなり、コンプライアンス部門の人員、費用がうなぎ登りとなった。そのため、Thomson Reutersが個別の金融機関からの要請によりKYC情報を収集するマネージド・サービスを提供、またS.W.I.F.T.(※6)もKYC情報の集中登録サービスを立ち上げつつある。ただ、これらのサービスは提供先の業態や業務が投資銀行とは異なっており、顧客情報に対する投資銀行のニーズをすべて満たせるわけではない。

 そこで、2014年にGoldman SachsとJ. P. Morganなど投資銀行5行とState Streetは、DTCC(※7)と合弁でKYC情報の集中登録サービスを担うClarient社を設立。Morgan Stanleyなど投資銀行7行とPIMCOも、金融情報サービス会社のMarkit(※8)およびBPOサービス会社のGenpactと合弁で同様のサービス会社を設立した。

分離・共同化にあたっての課題と取組み

 投資銀行が扱うレファレンス・データは膨大であり、関係部署も数多いため、導入に際しては受入側の態勢整備が肝心である。

 ユーティリティの担当範囲はデータの修正処理のみである。処理済みのデータを受け取って関係部署に展開する仕組みは投資銀行側で必要となる。前述のような最大手投資銀行であれば社内で一元管理してきた体制をそのまま活用できるが(※9)、今後ユーティリティを使って効率化を検討する他の投資銀行では、一元的な管理・データ受け入れ体制を作り得るかが一つの課題となろう。

 さらに、レファレンス・データ利用に係る共通課題としてデータ・モデルの標準化がある。上場デリバティブへの識別コードの振り方や、顧客情報として必要な情報の項目など、詳細については各社間で相違が発生しがちである。システム改変コストを抑制するためユーザ各社が自社のデータ・モデルを活かしたいと考えるのは自然であり、ユーティリティ会社母体行の間では、当初喧々諤々の議論が生じたようだ。しかし1行の事業範囲を超えた観点から議論することで、業界標準の確立に一歩一歩近づいているようである。

 

 最大手の投資銀行でさえもデータ管理に係る業務の共同化に踏み切る時代となった。データの完全性、正確性、迅速性、そして複数部署間での一貫性を高めれば、取引処理における例外発生を減らし、リスクは低減する。顧客や当局からも歓迎されよう。データ管理の巧拙がコスト競争力だけでなく、リスク、コンプライアンスに強く影響する。データ管理の一元化やデータ・モデルの標準化に向けた取組みを一層進める時期ではないだろうか。

1) 銘柄情報は伝達の過程で情報項目が抜け落ちたり誤って伝えられたりすることが少なくないため、各投資銀行が人手をかけてチェックし修正してきた。
2) 当該、銘柄情報管理システムの更新期をちょうど迎えていたという。
3) A-Team Group “Webinar Recording: The Reference Data Utility: How and Why Goldman Sachs, JP Morgan Chase and Morgan Stanley are on board”(2016年6月)における発言より。
4) 先物やオプションなど。
5) 上場デリバティブが先行する理由として、限月があるため参照資産等が同じでも期間経過と共に識別コード等を付して管理しなければならないことや、複数の取引所が競い合って類似の商品を投入するためではないかと推察される。
6) 銀行業界の共同組織で、国際的な資金・証券決済メッセージングのネットワークを運営している。
7) 米国の証券決済における元祖ユーティリティ会社。
8) その後IHSと合併してIHS Markitとなった。
9) それでも、ユーティリティから膨大なデータを受け取るためのネット接続の帯域等確保が大切という。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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片山謙

片山謙Ken Katayama

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