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サイロ化された知性

2016年9月号

ホールセールソリューション企画部 主任研究員 片岡佳子

夏休みも終わり、勉学の秋の訪れである。中でも、受験生などは気合いを入れなおす追い込みの時期だろう。受験というと、中学受験でお馴染みの鶴亀算や旅人算などが思い出されるが、こうした解法は、現在の日本の教育が西洋数学に基づいているのに対し、いわゆる「和算」に分類されるため、実は中学以降はほとんど出番がない。

 和算とは、特に江戸後期に日本で独自に発展した数学を指し、その大家である関孝和などはご存知の方も多いだろう。江戸時代には「塵劫記(じんこうき)」と呼ばれる数学の教科書が、重版を重ね海賊版が出回るほどのベストセラーとなったほか、東北を中心とする全国各地神社・仏閣に、数学の解法を描いた絵馬(算額)が数多く奉納されているなど、和算は庶民の生活に広く浸透していたといえる。そのレベルが、西洋数学と比較しても引けを取るものではなかったことは良く知られている話である。

 例えば、鶴亀算(当時は雉兎算と呼ばれていた)は方程式を使わない解法であるが、これが、和算において代数が発展していなかった事を意味するわけではない。前述の関は行列式の概念を世界でも最も早い時期に発見していたとされるし、多変数の連立方程式を用いた算額が国内各所に存在している。鶴亀算などは、どちらかというと頭の体操や、ストーリー性を持たせて数学に親しむための遊びという位置付けだったと考えられる。このほか、特に幾何学の分野では円や球に内接する多角形・多面体についての解析が進んでおり、幾つかの西洋の定理が、同時期あるいはそれより早く考案されていたとされる。ちなみに関は円に内接する正13万1072角形を基に、円周率を小数点第11位まで算出していたというのだから、その計算量は膨大であったことだろう。

 このように高度に発展していた和算であるが、明治以降に西洋数学が採用されると、芸術的・文化的価値は残ったものの、実学としてはほとんど衰退してしまう。その最大の理由が明治以降に進められた政府主導の欧化政策であった事は間違いないが、一部には、和算が計算数学の色合いが濃く、産業技術や自然科学との結びつきが弱かったことが衰退を決定付けたとの見方もあるようだ。現代でも、例えば日々の業務において、単独では洗練された技術であってもサイロ化してしまい、他の業務との結びつきや整合性が乏しいために、ノウハウの使い道が限定されてしまうことはよくある。サイロ化された知性は、その価値を十分に発揮できないのだろう。

 もっとも、明治時代に西洋数学を採用することの合理性を理解し、それを柔軟に受け入れて広める素地が和算によってつくられていた事は疑いない。知性の鎖国が終わったとしても、和算そのものの意義が否定されたわけではないのである。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

片岡佳子

片岡佳子Keiko Kataoka

金融デジタル企画一部
上級研究員
専門:金融関連ソリューション企画

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