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低コスト技術探索やオープンソース活用の進むクォンツ業務

2016年8月号

ホールセールソリューション企画部 上席研究員 奥井謙一

金融危機以降、クォンツ業務において低コスト技術やオープンソースの活用が拡がりつつある。市場の成熟化や、リスク管理規制の強化に伴い、クォンツに期待される役割が、新商品開発から効率的なリスク管理対応へと変化しているためである。

 2000年代の金融危機(所謂リーマンショック)以降、投資銀行のデリバティブや証券化商品ビジネスを取り巻く環境は大きく変貌している。金利や為替のプレーンな商品の取引が増加する一方、エキゾチックデリバティブや証券化商品を原資産とする債務担保証券など、複雑なリスク特性を持つ商品に対する投資家の需要は減退し、投資銀行間における新商品開発競争も沈静化した。

 またデリバティブ取引に関しては、金融商品自体の抱える市場・信用リスクのみならず、取引相手の信用力に係るリスクの大きさも改めて認識され、内部管理上はもちろんのこと規制当局からもカウンターパーティリスク管理の高度化を要請されている。その一つとして、デリバティブ評価額のうち取引先の信用力に依存する部分を示すCVA(Credit Valuation Adjustment)や、その値の将来の変動リスクの計測がある。プレーンな商品であってもCVA関連指標の計算には大掛かりな処理を要するため、投資銀行におけるリスク管理システム構築コストも増大する傾向にある。

 こうしたなか、効率的なリスク管理の実現へ向け、投資銀行のデリバティブ業務に携わるクォンツのなかで、低コストの情報処理技術を探索したり、計量分析ノウハウを業界で共有したりする動きが拡がりつつある。

進む低コスト技術の探索

 リスク管理分野において近年注目されている低コストの情報処理技術として、AAD(Adjoint Algorithmic Differentiation)があげられる。自動微分とも呼ばれるが、精度の高い近似により大規模シミュレーションの感応度分析を効率的に行える手法で、気象予想や自動車工学などの分野において利用実績がある。近年、金融機関でもAADをリスク管理に活用する動きが出ている。

 通常、CVAの計算には、モンテカルロ・シミュレーションと呼ばれる数値計算手法を用いる。まずこの処理の負荷が大きい。取引先の倒産確率やモデルで生成する市場環境シナリオを入力値とし、計測対象デリバティブ取引の将来の価格変動を大量にシミュレートすることでのみ計算結果が得られるからである。加えて、感応度算出の負荷も大きい。伝統的な手法である有限差分法(※1)を用いる場合、リスクファクター数に応じて何セットもCVA計算のシミュレーションを繰り返す必要があるためである。

 従ってCVA計算では機器依存の対応を取らざるを得ない。高性能CPU搭載のマシンを何台も並べるか、GPUやFPGAといった特殊なチップを大量に揃えて処理するなど、大型で特別な装置の準備が必要となる。その場合、現在普及している一般的なクラウドサービスの利用も難しく、ディザスターリカバリー用の待機設備も考慮すると機器の調達や維持費用の増大が容易に想定される。

 これを回避するために採用された手法がAADである。有限差分法と異なり、一度のシミュレーションで複数の感応度を計算できるため、大型の設備が不要となる。AAD適用により一回のシュレーションに要する処理負荷は増えるものの、多くのリスクファクターに対する感応度を一度に計算することを考えれば、大幅な負荷軽減が期待できるのである。

 金融機関における事例もすでに存在する。2007年以降、Credit SuisseやBarclays等の投資銀行がAADを用いてCVAの計算を開始した。2014年にはデンマークのDanske BankがノートPCでCVA計測を実現したことも大きな話題となった。

ノウハウの抱え込みから共有へ

 リスク管理分野におけるコスト抑制の動きは、システム開発に必要となる各種ソフトウェアの選定にも及ぶ。ライセンス料のかからないオープンソースの活用が進んでいるのである。開発言語や科学技術計算ツールはもちろんのこと、かつて付加価値の源泉として投資銀行内部で自社開発されてきたクォンツライブラリにおいても、利用が拡がりつつある。

 クォンツライブラリとはデリバティブの評価やリスク計測に用いる関数である。商品特性により適用する金融モデルが異なるため、商品開発の都度、新たなモデルの考案ならびにライブラリの開発が発生する。他社に先駆けて新商品を投入するという事業戦略上の観点から、これまでは社内クォンツによる自社開発が一般的であった。しかし、金融危機以降のデリバティブ市場の成熟化に伴い自社開発にこだわる必要性が薄れている。収益拡大に貢献する新商品開発業務が影を潜め、コスト増加につながるリスク管理規制への対応がデリバティブ関連のクォンツ業務の中心となっているためである。

 次々と出される各種リスク管理規制においては、内部管理用の既存システムと異なる、規制独自の計算仕様を求められることが多い。既存のライブラリやシステムを改変のうえ転用する選択肢もあろうが、自社開発の場合、短期間で多くの開発要員を集めるのは難しい。外部リソースを活用し、新たに構築した方が効率的な場合もある。こうしたなか、ライセンスフリーで外部ノウハウを活用できるオープンソースのクォンツライブラリに対して注目が高まりつつある。

 代表的なオープンソースのライブラリに2000年頃より開発されてきたQuantLibがある。著名なクォンツを含む多くの貢献者が存在しており、搭載モデルの種類も豊富である。金融工学の教育現場での利用が進んでいるほか、第一線のクォンツの発表する論文の数値検証ツールとしても利用されている。マイナス金利対応やAADの実装など市場で注目されている事項への対応も早い。

 このライブラリが実務現場でも普及しつつある。投資銀行の自社開発モデルの検証用に使われたり、ヘッジファンドのフロントシステムに実装されていたりする。IKB(ドイツ産業銀行)のように、リスク管理やモデル検証業務での利用を公表している金融機関も出てきている。また、論文の発表と同時に新たなライブラリのソースコードが公開されたり、CVA計算のサンプルプログラムが提供されたりするなど、貢献者による情報開示も進んでいる。居ながらにして先端技術を活用できるのである。コストを抑制しつつリスク管理の高度化を実現する手段として活用するのも有用ではなかろうか。

 ただし、オープンソースのライブラリは、商用ソフトウェアと異なり導入・開発支援ツールが少なく、本格的なシステム開発で用いる場合、自社要員のみで対応するのには限界があると考えられる。効果的に活用するためには、高度な情報技術やQuantLibへの知見を擁する外部リソースの支援が求められるのである。

1) 債券のデュレーションやデリバティブのデルタなどの感応度計算に利用される数値解法のこと。ある金融商品の感応度を、「現在の市場環境における価格」と「市場環境が変化したときの試算価格」との比較により算出する手法である。例えば、「市場金利が0.01%上昇したときに、保有デリバティブの価格がどの程度変化するのか」をコンピュータ等の試算により解を求める。CVAに係る感応度計算にも利用可能である。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

奥井謙一

奥井謙一Kenichi Okui

金融デジタル企画一部
上席研究員
専門:リスク管理

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