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ファクター投資で変わる資産運用

2016年8月号

金融ITイノベーション研究部 上級研究員 浦壁厚郎

資産のリスクとリターンを決める「ファクター」に注目した運用管理が広がっている。個々の投資家が自らに適合するファクターを効率的に組み合わせてポートフォリオを構築する世界が到来する。

ファクターとは

 資産運用におけるファクターとは、様々な資産のリターンやリスクに影響する共通要因のことである(※1)。経済成長、インフレ、長短金利差、信用力、株式、ボラティリティ、割安度(バリュー)、モメンタム、流動性などで、これらは資産の収益率の経時的な変動や、クロスセクションの格差を説明する有力な要因とされている。これらのファクターの有効性を検証したり、新しいファクターを発見する試みが続いている。

 資産とファクターの関係は、食品と栄養の関係に喩えられる。健康な食生活とは、食品に含まれる栄養をよく吟味し、それらのバランスを考慮したものだ。多様な食品を摂ったとしても、同じ栄養が含まれるものばかりでは健康的とはいえない。資産運用でも同様に、様々な投資対象や運用戦略に分散投資をしても、それらが共通のファクターによって同じ影響を受けるとしたら、分散効果の小さい偏った投資ということになる。

ファクターに基づく運用管理の広がり

 資産はファクターの組み合わせなので、投資家は既に暗黙裏にファクターに投資しているといえる。既存の個別資産や、その組み合わせであるポートフォリオを、各ファクターにどの程度曝されているか(エクスポージャー)という観点から分析・評価することは、これまでも行われてきた。この考え方を発展させ、ファクターへのエクスポージャーを能動的に管理する方法が「ファクター投資」である。

 機関投資家にはファクター投資の実践例が増えている。最も包括的な例と考えられるのが、デンマークの公的年金であるATPである。ATPは、2016年以後の運用管理を、金利、インフレ、株式、その他という4つのファクターに対するエクスポージャーに基づいて行い(※2)、その配分を金利と株式に対して各35%、インフレとその他に対して各15%とするとしている。他の機関投資家でも、個別資産のベンチマークを特定のファクター・エクスポージャーを持つものに変更したり、主たるファクターに従って個別資産をカテゴリー分けする例は多く見られる(こうした方法はファクター・ティルトと呼ばれる)。

 ファクターに基づく運用が、資産というラベルに依拠した運用よりも優れていると考えられるのは、ファクターこそがリスクとリターンの源泉であるからだ。ファクターによってポートフォリオを分析する方がより本質的な知見が得られるし、ファクターに基づくポートフォリオ構築はより頑健な分散効果を得たり、資産横断的な投資判断ができたり、ポートフォリオのリターンの予測可能性を向上させたりする。先のATPも、ファクターを用いる利点は多数あるとしながらも、特に

  • 背後にあるリスクをよりよく理解でき、リスク管理能力が向上する
  • 様々な資産を横断的に分析・比較できるようになり、投資意思決定の柔軟性が向上するの2点を挙げている。

 また、ファクター自体の性質や、資産ないし運用戦略との関係を正しく把握できれば、投資家はそれぞれの投資信念とリスクに対する態度によく適合するポートフォリオを構築できるようになるだろう。

 ただし、ファクターと資産との関係は通説で言われるほど直截なものではない。例えば一般的な株式や、金などのコモディティ、不動産はインフレ・ヘッジの手段としては決して優れたものではない(※3)。また投資家側も、ファクターに対する投資信念を確立したり、自らの投資目的や制約に照らして様々なファクターを評価することが必要になる。これらはコンサルタントやアドバイザーによる支援が期待される領域である。

資産運用業界へのインパクト

 ファクター投資の広がりは、資産運用会社のビジネスにどのようなインパクトを与えるだろうか。

 まず、投資家のファクターに対するニーズに応えるため、そのアクセス手段を提供することがビジネスになる。現にそのような商品も登場しており、例えば株式のスマート・ベータは、株式市場のファクターとバリュー等のファクターを混合したものといえる。株式市場における純粋なバリュー・ファクターを必要とする投資家には、バリュー株のロングと非バリュー株のショートを組み合わせた運用戦略を提供すればよい。広く受け入れられた手法によってバリュー・ファクターへのエクスポージャーを取る商品が価格競争を引き起こす一方、バリュー度の測定方法やリバランス・ルールなどに工夫を凝らして効率的にファクター・エクスポージャーを取るための手法が開発され、標準的な商品に対する差別化競争も生じるだろう。複数のファクターをバンドルしたり、それらのエクスポージャーをパッシブあるいはアクティブに管理するような運用戦略にも可能性がある。

 また、投資家による運用評価においてファクター・ベンチマークの利用が広がると、アクティブ運用能力の特定がより先鋭化される。市場ベンチマークには勝ってもファクター・ベンチマークに勝てなければ、解約のプレッシャーを受けることになるだろう。実際、それまでアルファとして説明されてきた部分がファクターに起因することが明らかになり、安価なファクター戦略に代替されることは、これまでも生じてきた。これとは逆に、市場ベンチマークに負けてもファクター・ベンチマークに勝つのなら解約の危険はない。なぜならそれは顧客がベンチマークとして事前に了解していることだからである。

 このようにして、アクティブ・マネジャーの役割は、ファクター・ベンチマークによっても説明できない真のアルファの提供であることが明確になり、そうした希少な能力に対しては顧客は高いフィーを払うことも正当化するだろう。現代の投資家がパッシブとアクティブのリスク配分を主体的に決めているように、パッシブ(これも静的ファクターと呼ばれるファクターの一種)と動的ファクター(※4)、そして真のアクティブのリスク配分を主体的に決めるようになるだろう。

 明示的にしろ、暗黙裏にしろ、こうしたファクター投資の広がりは不可逆的である(※5)。資産運用業界は、自らの選好に合わせてファクターを組み合わせる投資家が求めるサービスをいかに効果的に提供できるか、という観点から事業モデルを見直すべきだ。

1) 本稿の論旨は『資産運用の本質:ファクター投資への体系的アプローチ』、A. アング著、坂口他監訳、金融財政事情研究会、2016年3月(Andrew Ang, “Asset Management: A Systematic Approach to Factor Investing”, Oxford University Press, 2014)によっている。
2) 従来は、資産を5つの「リスク・クラス」のいずれかに分類し、ポートフォリオの期待ショートフォールに対するそれらの寄与度で管理していた。ATPについては、“The ATP Group Annual Report 2015”を参照。
3) 資産とファクターの関係についての分析や、何が優れたインフレ・ヘッジ手段であるかは、1)の文献を参照。
4) 静的ファクターと動的ファクターについては1)の文献を参照。
5) ファクターへの投資が容易になれば、それは市場メカニズムを通じてそのプライシングに影響する可能性がある。一部のファクターについては、既にこうした事象が生じている。その事例等については1)の文献を参照。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

浦壁厚郎

浦壁厚郎Atsuo Urakabe

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