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カスタマー・エクスペリエンス3.0

2016年7月号

デジタルビジネス開発部 シニアITアナリスト 田中達雄

商品やサービスそのものの価値だけで、消費者をつなぎとめることが難しくなっている。ITの進化に伴い、顧客接点が複雑化する中で、積極的な「カスタマー・エクスペリエンス」への取り組みが重要である。いまや、より俯瞰的、プロアクティブなカスタマー・エクスペリエンス3.0時代に入りつつある。

カスタマー・エクスペリエンスへの積極的な取り組みで顧客ロイヤリティを高める

 カスタマー・エクスペリエンスとは、2000年ごろから注目され始めたマーケティングのコンセプトである。カスタマー・エクスペリエンスでは、商品やサービスの機能や性能そのものの価値だけで差別化を図るのではなく、商品やサービスの購入過程や利用過程での経験を通して生まれる顧客の感情的な価値を高めることで、顧客ロイヤリティの向上を目指す。

 レンタカーサービスを提供するAVIS社は、カスタマー・エクスペリエンスに着目し、その向上に注力したことで、顧客ロイヤリティの面で業界1位になっている。AVISでは、他のレンタカーサービスと同じように、車種の豊富さ(最新車種導入など)、利便性(送迎バスなど)、価格、対応スピード(待ち時間の短さなど)を競争軸に据えて、他社としのぎを削っていた。しかし、他社も同じ軸で競争してくるため、このままでは差別化できないと判断したAVISは、カスタマー・エクスペリエンス戦略に舵を切ったのである。

 AVISはまず、エスノグラフィ(※1)を取り入れ、顧客がレンタカーショップで手続きをする間だけでなく、その前後の行動も含めて観察を行った。その結果、子供の姿が見えなくなり探しまわっている顧客、着替える場所がなくて路上でトランクを開く顧客、コンビニエンスストアが近くにないか尋ねる顧客の姿などから、メインの業務となるレンタカーサービスではなく、その周辺に顧客の隠れたニーズがあるのではないかと考えた。同社はこれらの仮説に基づき、子供預かり所や更衣室を設置したり、コンビニを併設したりするなど、顧客にいかに快適に過ごしてもらうかという「ホスピタリティ」や「リフレッシュ」という新たな価値基準を設け、改善を行っていった。その結果、顧客ロイヤリティの面で業界1位となったのである。

 カスタマー・エクスペリエンスに対する企業の積極的な取り組みは好業績をもたらし、その結果は株価にも表れている。米国の調査会社、フォレスターリサーチの調査では、カスタマー・エクスペリエンスに積極的に取り組んでいる企業とそうでない企業の株価のパフォーマンスには大きな開きがあることが報告されている(図表1)。そのため、欧米企業のCEOサーベイでは、90%を超えるCEOが、「カスタマー・エクスペリエンスが経営上、非常に重要である」と回答している。

顧客理解の深化とプロアクティブな対応で経験価値に差をつける-カスタマー・エクスペリエンス3.0時代の新戦略

 カスタマー・エクスペリエンスが重視されるにつれ、そのアプローチ方法も少しずつ変化している。カスタマー・エクスペリエンスの大家として知られるジョン・グッドマン氏によると、「現在は、カスタマー・エクスペリエンス3.0の時代を迎えている」そうだ。顧客接点が大幅に複雑化していく中で、個々のチャネルで個別にカスタマー・エクスペリエンスの向上を検討するようなアプローチでは不十分である。すべての顧客チャネルを俯瞰した上で、あらゆる顧客接点において、どのような施策や接客を行えば、カスタマー・エクスペリエンスが高められるかをデザインしていかなければならない。そのツールとして注目されているのが、「カスタマー・ジャーニー・マップ(図表2)」である。

 カスタマー・ジャーニー・マップでは、ある特定の顧客がその企業の商品やサービスを認知してから、購入・利用、さらに廃棄に至るまでの一連の行動や感情を記述していく。これらは企業が想像で記述するものではなく、顧客から寄せられた声やエスノグラフィなどの実際の調査結果に基づいた記述でなければならない。

 もう1つ、重要となるのが、「プロアクティブな経験価値への対応」である。AVISの事例は比較的大きな変革を伴うものであったが、ちょっとした気遣いが顧客ロイヤリティや企業業績に大きな影響を与えることもある。たとえば、Anglian Waterという英国の水道会社では、郵便番号に基づき、その地域の停電や事故をSMSや電子メールを通じて顧客に通知することで、電話による苦情や問い合わせを激減させ、顧客ロイヤリティも向上させている。また、米国の電力会社では、顧客の電力使用状況を分析し、翌月の電力料金が高額になりそうな顧客に対し前もって節電を促すことで、顧客ロイヤリティを向上させている。このように、プロアクティブな対応は、顧客に言われてから後追いで対応するリアクティブな対応に比べ、顧客ロイヤリティの向上に貢献する。

 カスタマー・エクスペリエンス3.0の時代を迎え、大きな変革を伴う取り組みだけでなく、カスタマー・ジャーニー・マップで俯瞰した顧客接点において、きめ細かな対応、特にプロアクティブな対応を行うことが顧客ロイヤリティ向上にとって重要となるだろう。

1)顧客の潜在的なニーズを顧客の行動を観察することで調査する手法のこと。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

田中達雄

田中達雄Tatsuo Tanaka

リテールソリューション企画部
シニアITアナリスト
専門:CX、FinTechなど

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