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RegTechによる新たな規制への効率的対応
~グローバルなKnow Your Customerの統合化~

2016年7月号

ホールセールソリューション企画部 上級研究員 小林孝明

諸外国の先進的な金融機関では、金融業を取り巻くグローバルな規制強化の嵐の中で、業務負荷の増加を抑え、コストを削減し、顧客満足度を向上させようと、RegTechを活用したさまざまな改善策が試みられている。グローバルなKYCの統合化もその一例である。

 近年、金融機関を取り巻く規制はますます複雑になっており、特に国・地域をまたがったクロスボーダーな取引に対する規制強化が図られてきている。このような背景のもと、今、英国を中心に、いわゆるFinTechのような新しいIT技術を活用して、複雑な規制へ効率的に対応するためのイノベーションが起きている。RegTech(レグテック(※1))と呼ばれるもので、英米を中心にさまざまな取り組み事例が見られるようなってきた。

グローバル金融機関を取り巻くKYC規制の強化

 現在、グローバルに活動する金融機関においては、FATCA(Foreign Account Tax Compliance Act)や、ドッド・フランク法によるOTCデリバティブ規制、各国のAML(Anti-Money Laundering)規制など、法人顧客を中心に膨大なKYC(Know YourCustomer)項目のチェックが求められており、業務負担が増大している。

 例えばFATCAでは、米国以外の国・地域にある金融機関に対して、5万ドル以上の資産を持つ米国納税義務者等に関する口座情報を、内国歳入庁(IRS)へ提供することを求めている。このため各金融機関では、FATCAに基づいたKYCチェックを実施し、当該法人情報を継続的に収集することが必須となってきた。

 またドッド・フランク法においては、米国以外の国・地域でもカウンターパーティ確認のためのKYCチェックが要請されており、さらにMiFIDⅡでは、投資家が欧州域内に居住しているかどうかを確認するためのKYCチェックなどが必須である。

 このように、さまざまな規制で求められているKYCチェックを実行するためには、複雑で膨大な作業を繰り返し行う必要がある。結果として顧客に何度も類似の書類の提出を依頼し、クライアント・オンボーディング(※2)が完了するまでに長期間待たせることになるなど、顧客満足度を低下させ、場合によっては顧客離れも引き起こす要因となっている。

 そして、万が一、数多くのKYCチェックのうち一つでも規制対応が漏れてしまった場合、処罰・処分が課せられることとなり、近年では数百億円以上の罰金例も多く見られるようになってきた。

本邦金融機関における進化の必要性

 海外との取引を行う本邦金融機関においても、KYCチェックについては同様の問題が生じている。

 伝統的な本邦金融機関におけるKYCチェックの体制を見てみると、まず多くの金融機関では、規制によって担当部署が分かれている。例えば、FATCAのためのKYCチェックは米州統括部門が担当し、AML規制のためのKYCチェックはコンプライアンス統括部門が担当するなど、それぞれの規制に応じた専門性を活かすためとは言え、サイロ型の体制となっているのが通常だ。実は、このサイロ型の体制には2つの大きな潜在リスクが存在すると考えている。

 一つ目の潜在リスクは、上記のように“顧客のKYC情報”がそれぞれの規制の担当部門に分断されているため、経営レベルにおいて統括して分析・把握する機能が弱いことである。当局からKYCデータの徴求要請や、KYC結果に対する問い合わせを受けた場合、各担当部門に分散してKYC情報が保管されているため、迅速な対応ができず、当局からの信頼を落とす要因となる可能性もある。

 二つ目は、今後もKYCに係る規制が強化されることに伴う顧客満足度の低下である。例えば、海外拠点の営業フロントの業務を思い浮かべてほしい。営業フロントでは、一刻も早く顧客に口座を開設して金融サービスを届けるため、昨今の複雑な規制によるKYCチェックを、迅速に適切に完了したいと思っている。ところが現状では、多くの本邦金融機関にはKYCチェックを一括して取りまとめてワンストップサービスを担う本部機能が存在しない。そのため営業フロント自らが顧客属性を分析し、必要な規制を把握し、関係する担当部署と交渉しつつ、顧客にも幾度となくKYCドキュメント(本人確認書類など)の提出を依頼しなければならない。こうしてクライアント・オンボーディングの完了まで数ヶ月などの長期間を要することになる。これは顧客満足度の低下につながりかねない。

 このような状況下では、最悪の場合、甚大な事務ミスが発生し、規制当局から処罰や罰金の支払い命令まで発生する可能性も否めないのではないだろうか。

グローバルKYC高度化の事例

 海外のあるプライベートバンクでは、従来は各国拠点において規制毎に個別にKYCチェックを行い、顧客情報も個別に管理していたという。マニュアルでのチェック作業のためクライアント・オンボーディングに30日程度かかるケースも多く、顧客からクレームが多数寄せられていた。そこで、口座開設申請からKYCチェックが完了するまでのプロセスをシステム化し、RegTechソリューションである“統合規制マッチングエンジン”を導入することにした。これにより、一度の顧客情報の入力でFATCA・AML規制・MiFIDⅡなど関連する複数規制のKYC要件をチェックできることになり、KYCプロセスのSTP(Straight Through Processing)化が実現された。同時に、様々な規制で必要なKYCドキュメントを漏れなくリストアップすることで顧客負担も最小限に抑えることが可能になった。

 さらに、“統合規制マッチングエンジン”を導入すると同時に、KYCプロセス全体を本部に集約化し、その事務の多くをアウトソースした。『KYCチェックは規制対応であり金融機関の付加価値向上に寄与しない』との判断から決断したのである。これによりクライアント・オンボーディングまでにかかる期間を平均50%短縮、顧客一人当たりの収益を平均300ドル向上させるなど、コストと機会損失の削減を実現した。

 海外では最近、アウトソースだけでなく“KYCユーティリティ・サービス”という解決策も出現している。このサービスは、複数の金融機関が自社の顧客のKYC情報を、共同でデータベース化して共同利用する仕組みで、昨今急成長しているRegTechソリューションの一種である。

 新しい規制対応戦略は次々と生まれている。積極的にRegTechを活用することで、規制要件への対応をより効率化し、新たな規制の出現にも迅速かつ低コストで対応することが可能になる。

1)RegTech(レグテック)は2015年ぐらいから英米を中心に使われ始めたキーワードである。特に英国の金融行為規制機構(FCA)はCall for Inputなど金融業界に対してRegTechに関する意見収集を実施している。現時点では『新しいIT技術の活用により金融規制対応の効率化・高度化を推進する金融ソリューション』であるとNRIは解釈している。
2)“クライアント・オンボーディング”は、外資金融機関では一般用語として定着しており、一般に「口座開設申請~KYCチェック~与信チェック~契約~口座登録」までの一連の業務が含まれる。口座開設後の通常取引状態を“モニタリング”と呼び、契約解除・口座閉鎖の業務は“オフボーディング”という。クライアント・オンボーディング~オフボーディングまでの全体は“クライアント・ライフサイクル・マネージメント”と呼ばれている。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

小林 孝明

小林孝明Takaaki Kobayashi

金融デジタル企画一部
上級研究員
専門:リスク経営管理、規制動向調査・分析

注目ワード : RegTech

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