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英国事例に学ぶガバナンス対話の充実に向けた企業開示整備

2016年6月号

ホールセールソリューション企画部 上級研究員 三井千絵

CGコード導入の背景であった日本株式市場全体の活性化には、ガバナンスの改善により企業価値が高まる余地がある企業が、一社でも多く投資家と対話の機会を持ち、価値向上を実現することが重要だ。そのために必要な、投資家の情報収集の量と質の向上を図る企業開示の整備について、英国事例から考察する。

日本のCGコード導入の目的と開示の課題

 コーポレートガバナンス(以下、「CG」)コードが導入されて、この6月でちょうど1年になる。

 このコードは元々、アベノミクスの一環である株式市場全体の底上げ、投資家との対話による企業価値の向上を目的として導入された。目的達成のためには、既に高いレベルでガバナンスに取り組んでいる企業ではなく、今後ガバナンスの改善によって企業価値向上の余地がある企業が投資家との対話の機会を得ることがより重要となる。それには、多くの企業の株式を保有する、例えばパッシブ運用の投資家が、企業価値向上の可能性がある企業との対話を行いやすくする環境を充実させることが有効だろう。企業の状況を効率的に理解できて比較可能性が高い企業開示は、そうした環境整備の一つと言える。

 ところが、現在CGコードの順守に関する開示で義務づけられているのは、取引所への提出書類であるCG報告書への記載だけである。各社の独自性を重視するということで一律の開示フォーマットなどは定められていない。また、エンゲージメントや議決権行使においては、CGコードが求める範囲だけではなく、財務・非財務に関する様々な企業開示情報が用いられるが、これらについても金融庁の審議会(※1)や経済産業省の研究会(※2)では、任意開示書類の充実が望ましいという意見が多かった。しかし任意の開示書類だけでは、評価に必要な最低限の情報が必ず記載される、という枠組みがないことになる。多くの企業を対象に、迅速、客観的かつ相対的な分析を行うためには、やはり最低限、記載内容のフレームや記載方法のグッドプラクティスが必要であろう。それがなければ、投資家の情報収集の量と質の向上を図ることは難しい。

 資産運用会社からは「任意開示書類では、例えばある年に記載したことが、翌年には記載されていないということがあり得る。また同じ業種でもすべての企業が同じ項目について触れているとは限らず、評価が難しい場合がある」という指摘もある。CG報告書については、定まったフォーマットがないため“記載していない”ことを見落とすリスクもある。さらに任意開示書類等へのリンクでCGについての説明記載を代替することができるため、「将来、新しく検討対象とした企業の過去の資料を見ようとしたら、リンク先ファイルがなくなっていた…という事態は起きないだろうか」と不安視する声もあった。

 CGコードが求める“独自性”は、あくまでもコードへの対応の独自性である。記載の仕方については揃えた方が投資家に理解されやすく、的確な対話につながりやすいだろう。企業開示については、さらなる工夫が必要なのではないだろうか。

英国法定開示書類の体系整備と明確な開示への取組み

 先にコードを導入した英国の企業開示に関する対応をみていくことで、有効な施策について考えたい。

 英国では2010年からFRC(※3)がCGコードとスチュワードシップコードを管轄している(※4)。FRCは、“投資家のスチュワードシップ責任において企業にエンゲージメントを行うことが、CGコード推進のドライバーとなる”と考えている。しかし「すべての企業と投資家が直接対話するのは現実的ではない」ことから、効率的な対話や議決権行使に役立つよう、法定開示書類であるアニュアル・レポートの改革に取り組んできた。各種ガイドラインを発行したり、投資家と企業双方を招いたディスカッションを行い、開示のグッドプラクティスを作成(※5)している。

 英国のレポート類は記載内容や書式が自由だと捉えられがちだが、FRCはアニュアル・レポートについて記載要件を整理し、現在は5つのセクション(企業の事業やリスクを記載するストラテジック・レポート、企業統治の仕組み、役員報酬、財務諸表、企業の概要)に体系化している(※6)。そのまま横比較可能ではないが、投資家にとって必要な情報が必ず含まれるよう、コンテンツを揃えている。FRCはアニュアル・レポートに求められている項目が記載されているか、毎年抽出チェックも行っている。

 同時にFRCは記載の改善にも取り組んでいる。昨年12月に発行されたガイドライン「簡潔に、明確に」(※7)では、非財務情報の開示が冗長、あるいは宣伝のようになることを防ぐ試みを進めている。投資家が開示情報に何を求めているかという点を踏まえ、開示するべき項目として“ビジネスモデル”、“ストラテジー”、“リスク”、“KPI”等を挙げている。そして、投資家がわかりやすいよう簡潔・明確にするには、自社にとって重要な意味があり(materiality)、重要な意味と関連がある(relevance)ことだけを説明するべきだと強調している。

 たとえば、“ストラテジーは自社のビジネスモデルと関連がなければならない”(関連があることを説明すべき)、“KPIは、ストラテジーやビジネスモデル、財務の状況と関連がある必要がある”(関連性がないKPIは、たまたま数字が良くても強調するべきではない)、といったことを、分かりやすく、図を用いて示している。

 ガイドラインについて英国の投資家は、「従来投資家との対話が多くなかった小さな企業でも理解できる」と歓迎し、「アニュアル・レポートは全企業に開示義務があるので、必ず情報が入手できる」と信頼感を示している。

日本のCGコード導入を成功させるために必要なこと

 日本の状況を振り返ってみた時、冒頭で述べたようにCGコードの目的達成にはより多くの企業に投資家との対話を行う機会が設けられるべきで、そのためには投資家が企業情報を確実に取得し明確に理解できる環境が必要だ。投資家と企業の対話内容は、CGコードへの対応だけに限らない。少なくとも企業を評価するために重要な情報項目は全企業で開示される、というような最低限の開示フレームがあることが望まれる。また投資家が理解しやすい記載について、日本国内でもグッドプラクティスが生まれるよう、投資家と企業が議論できる場が持たれるべきだろう。

 とはいえCGコードへの取り組みは始まったばかりであるため、まずは他国(例えば英国)のグッドプラクティスを参考にするのも一案だ。英国と日本の投資家とで、企業に求めることに大きな差はないと見られるからだ。

 しかし最終的には、日本でも法定開示書類による、対話に重要な事項の開示の充実を目指すべきではないだろうか。それは、保有銘柄が多い投資家の活動を支え、多くの企業に可能性を広げ、市場全体の底上げに貢献するといえる。

1) 金融審議会 ディスクロージャー・ワーキンググループ。企業と投資家の建設的対話のために効果的・効率的な企業開示のあり方について検討を行う目的で設置された。2015年11月より開催され4月に報告書が作成された。http://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/disclose_wg/siryou/20160413/01.pdf
2) 経済産業省では金融庁の2つのコードの議論と並行し、2014年ごろより、“企業と投資家の対話”や“企業情報開示”についての研究会を開催している。http://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/economy.html
3) Financial Reporting Council:英国のコーポレートガバナンス、企業開示について管轄する規制当局。
4) FRCは毎年1月に2つのコードの実施状況をまとめたレポートを発表している。“Developments in Corporate Governance and Stewardship”(https://www.frc.org.uk/Our-Work/Publications/Corporate-Governance/Developments-in-Corporate-Governance-and-Stewa-(1)
5) FRCでは2011年からFinancial reporting Lab というプロジェクトを運営し、開示の課題について投資家、企業等の関係者とグッド・プラクティスの議論をしている。“Disclosure of dividends policy and practice”,“ Reporting of Audit Committees”など財務・非財務から広くテーマを選んでいる。
6) 2014年に発行されたGuidance on the Strategic Report(https://www.frc.org.uk/Our-Work/Publications/Accounting-and-Reporting-Policy/Guidance-on-the-Strategic-Report.pdf)のP10では、Annual reportの体系が整理されている。
7) Clear & Concise「簡潔に明確に」。FRCが2015年12月に発行したレポート。(https://www.frc.org.uk/Our-Work/Publications/Accounting-and-Reporting-Policy/Clear-Concise-Developments-in-Narrative-Reporti.aspx

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

三井千絵

三井千絵Chie Mitsui

金融デジタル企画一部
上級研究員
専門:企業開示

注目ワード : コーポレートガバナンス・コード

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