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デビットカード「キャッシュアウト」サービスの課題と展望

2016年4月号

金融ソリューション事業二部 上級コンサルタント

金融庁が海外で普及済のデビットカードの「キャッシュアウト」サービスを、銀行法令上の「預金の払出し」に係る外部委託として提供可能にするという。決済サービスは装置産業でありインフラ変更には膨大な労力を伴う。また国内環境や支払習慣の下では課題も多いが、コストの削減を図ることなどによりキャッシュレス社会の実現に貢献する可能性もある。

デビットカードとキャッシュアウト

 銀行などが発行するカードで買い物をし、リアルタイムで口座振替する決済サービスがデビットカードである。わが国のデビットカードには、金融機関が発行するキャッシュカードで買い物ができるJ-Debitと、金融機関がVisaやJCBの付いたデビットカードを別途発行して国内外のVisaやJCBの加盟店で利用できるブランドデビットがある。金融庁はこのデビットカードで「キャッシュアウト」サービスができるよう整備するという(※1)。

 キャッシュアウトとは、デビットカードで買い物する際に、買い物代金とは別にレジで現金を受取り、買い物代金と現金の合計額をデビットカードで口座振替するサービスだ。英国でブランドデビットが始まった当初、大手スーパー「テスコ」がレジの現金を減らして現金管理コスト削減や防犯に役立てようと始めた。利用者にも銀行やATMを探すことなく買い物のついでにレジで現金を入手できてATM手数料不要という利点があり普及した(※2)。ドイツ、オランダなど欧州の複数国、米国やカナダ、オーストラリアやニュージーランドで使われている。

 ただ、国内と海外では決済環境や支払習慣に大きな差異があり、サービス実現には国内特有の課題も多い。

キャッシュアウトサービス実現の課題

 現在の仕組みでは、J-Debitもブランドデビットも決済金額に対して加盟店手数料を課金する。現状のままキャッシュアウトを開始すれば、買い物代金と現金払出額の合計額がデビットカード決済金額となり、加盟店は現金払出額に対しても加盟店手数料を支払うことになる。買い物代金であれば店の商品の売上として利益を見込めるが、現金払出額に加盟店手数料がかかると、近隣に金融機関やATMがなく来客が増えるなど、余程のメリットがない限り、加盟店は取り扱わない可能性が高い。

 では、現金払出額を識別して、現金払出額には手数料がかからないとか、逆にデビットカード発行者から手数料が貰えるようになればどうか。手数料収入が見込めることで取扱う加盟店は増える可能性が高まる。ただしその実現には、加盟店端末やデビットカード発行者のシステム、その間をつなぐネットワークの電文などで、買い物代金と現金払出額が識別できる必要がある。端末やシステムの改修が発生しコストも対応時間も膨大となる。

 また、加盟店には現金払出し業務が発生し、レジスピードの低下による販売機会の逸失、現金払出額と売上処理額の相違というミスや不正のリスクも生じる(この相違を防ぐために、受領代金を入れると自動的にお釣りが出る高機能なレジまで導入されている)。日本の街には身近に金融機関やATMが多く、カード決済や電子マネーなども普及してレジの現金は減少傾向にあり、日本人がATMを利用する感覚で1万円や2万円(※3)の現金をレジで払出すと途端にレジの現金は不足する。だからといってキャッシュアウトのためにレジに現金を用意するのは本末転倒である。

 多くの加盟店を契約・管理するカード会社にも対応メリットが乏しい。ブランドデビットでは全加盟店がカード会社と加盟店契約を締結しているが、J-Debitでも金融機関が加盟店契約する直接加盟店のほかに、カード会社など金融機関以外の企業が加盟店契約を締結する間接加盟店がある。J-Debit取扱件数の6割以上が間接加盟店からの売上げであり、カード会社と加盟店契約を締結している間接加盟店は多い。したがって金融庁が現金払出業務で求める加盟店管理は、多くの場合カード会社が担うことになる。しかしデビットカードは金融機関のサービスであり、カード会社が加盟店端末やネットワークの改修、キャッシュアウトの加盟店管理に対応する理由が見出しにくい。ブランドデビットに至っては、契約加盟店がデビットカードを取扱えることになっていても、未だにクレジットカードのみの加盟店規約になっていて、デビットカードについては手当てをしていないというカード会社も少なくない。

 海外のように、デビットカードもクレジットカードも金融機関が発行し、金融機関の委託を受けたネットワーク会社や端末ベンダーなどの企業が加盟店契約を締結する国とは異なり、日本ではデビットカードは金融機関、クレジットカードはカード会社が発行し、加盟店の多くはカード会社が契約・管理している。こうした環境に鑑みると、デビットカードの都合だけで加盟店利用環境の変更を進めることは難しい可能性が高く、カード会社の協力を得られるスキーム作りも重要な課題である。

課題解決の糸口とキャッシュレス社会への貢献

 このように課題は山積だが、これらを上手く解決し、利用環境を整備できれば、キャッシュアウトはキャッシュレス社会の実現(※4)を促進する一手となる可能性もある。

 最も対応負荷が大きいシステム改修は、現在のデータ電文の未使用領域を活用することで軽減できる可能性がある。それでも関係各社にシステム改修は生じるが、ネットワーク会社などが現金払出額を把握し金融機関にレポートすることでシステム改修負荷をさらに軽減できるかもしれない。端末ベンダーは新端末を販売でき、ネットワーク会社や関係者間の精算を司る精算機関にとっては、現金払出額の管理業務や問合せ業務など新たな受託ビジネスの創出になる。金融機関も、対応コストを押さえてサービスが実現しATMの設置・運用コストを削減できれば、キャッシュアウト取扱手数料を加盟店に支払う意義が生じる。消費者は、ATM手数料の値上げが囁かれる中、身近に金融機関やATMがなくても買い物ついでに手数料不要で現金が入手できれば便利だ。

 ATMで多額の現金を財布に移して持ち歩くのではなく、少額現金のみを持ち歩いて気軽に店頭で補充する習慣が浸透すれば、キャッシュレス社会が進展し、クレジットカードの利用も促進される可能性がある。キャッシュアウトをICデビットカード前提のサービスにすれば、訪日外国人が安心して買い物できる環境として全取引IC化を目指す政府の目標達成(※5)にも寄与する。

 いきなり100%のキャッシュレス社会を目指すのではなく、まずは米国並に$20以上をキャッシュレスにするとのステップ展開が現実的なキャッシュレス推進策かもしれない。韓国の急激なクレジットカード化政策が多重債務問題を起こした例に鑑みると、デビットカードを活用したキャシュレス化施策は有効かもしれない。ただし実現には大規模な業界間調整を要し、積極的な政策介入が必要となるだろう。金融庁の本気度に注目が集まる。

1) 出所:金融審議会 決済業務等の高度化に関するワーキング・グループ 報告「決済高度化に向けた戦略的取組み」(2015年12月)および新聞報道。
http://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20151222-2/01.pdf
http://www.sankei.com/premium/news/160122/prm1601220004-n1.html
2) 手数料はじめ実現方法は国によって異なる。
3) セブン銀行ATMにおけるセブン銀行以外のキャッシュカードによる平均出金額は3万7千円(出所:セブン銀行ディスクロージャー誌)。
4)『「日本再興戦略」改訂2014』の中で、「2020年オリンピック・パラリンピック東京大会等の開催等を踏まえ、キャッシュレス決済の普及による決済の利便性・効率性の向上を図る」とされている。
5) 経済産業省は2016年2月「クレジットカード取引におけるセキュリティ対策の強化に向けた実行計画」にて「2020年までに、クレジットカード及び加盟店の決済端末の「IC 対応化 100%」を実現する」と発表。http://www.meti.go.jp/press/2015/02/20160223005/20160223005.pdf

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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