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米国のフィデューシャリー・デューティー論議とロボ・アドバイザー

2016年3月号

NRIアメリカ 金融研究室長 吉永高士

米国では投資商品販売に係るフィデューシャリー・デューティー(受託者責任)適用を巡る論議が今世紀に入ってからも断続的に繰り返されてきたが、2015年に米国労働省が提案した関連規則案の検討もいよいよ大詰めを迎えている。一方で、ロボ・アドバイザー技術の台頭は、「適用後」を想定した議論の深化や現実的な落としどころの展望に少なからぬ影響を与えている。

フィデューシャリー・デューティー適用を巡る米国内議論の経過と労働省令案

 米国内における証券会社とその営業員に対するフィデューシャリー・デューティー(受託者責任)適用の議論は、2000年代以降も何度か俎上に載せられてきた。ここでいう、「証券会社」の営業員とは、証券会社の本支店やコールセンター等に属する外務員だけではなく、銀行支店や保険代理店で投資商品販売を行う外務員の多くも含まれる(※1)。米国には、これらの投資商品販売業者に所属する営業員が約28万人おり(※2)、伝統的には投資家のリスク許容度の考慮や商品提案の適正性などに係る適合性ルールを規律付けの柱としてきた。

 米国ではさらに、上記の営業員以外にも、主に個人向けに一任運用やファイナンシャルプランニング(※3)を提供する中堅中小投資顧問業者(RIA)約16,500社に所属する約3万人の営業員(※4)がいる。RIAについては、従来から投資顧問業者としてフィデューシャリー・デューティーを課されているが、顧客利益の最優先や利益相反懸念の全面的開示など、適合性ルールよりも総じて重い義務と賠償責任リスクを負うとされる。90年代から2000年代半ば頃まで何度となく米国で浮上してきた証券会社営業員に対するフィデューシャリー・デューティー適用を巡る議論や問題提起の多くは、共通ルール適用によるレベルプレイングフィールドを求めるRIAやFP業界などからの業際問題としての側面も強かった。

 並行して、消費者保護や投資家保護の観点からすべての投資商品販売業者に対するフィデューシャリー・デューティー適用を是とする声は消費者保護団体からは常態的にあり、さらに証券監督当局のSECも2008年1月に公表した委託調査(※5)において、投資商品販売員の適合性ルールとフィデューシャリー・デューティーの違いを個人投資家の大部分が認識していない現実を指摘した。直後のグローバル金融危機の深刻化を受けた金融機関監督再強化の流れの中で、2010年金融規制改革法(ドッド・フランク法)では、投資家保護強化の一環として、証券会社とその営業員にフィデューシャリー・デューティーを適用する新規則の策定権限をSECに認めた。

 ただし、SECではコスト・ベネフィット分析に係るデータ収集などを進め、かつホワイト委員長みずからもルール策定への意思を公言(※6)しつつも、2016年1月現在まで規則案の提案を行っていない。こうしたなかで、オバマ大統領の指示を受けた労働省は、退職制度貯蓄へフィデューシャリー・デューティーを適用する独自案を2015年4月に公表した。適用対象には、401kなどの確定拠出年金(2014年末残高6.8兆ドル)やIRA(個人退職準備貯蓄口座。同7.4兆ドル)も含まれており、実現すれば証券会社や銀行、保険代理店を含む広範な投資商品販売業者とその営業員に対するインパクトは決して小さくない(※7)。同案は現在、行政管理予算局(OMB)による最終審査に付されており、オバマ政権の「置き土産」として、早ければ2016年3月までに発効すると見る向きが多い。

規則案の実務面での歩み寄りと今後の展開

 同省は2010年にも退職制度貯蓄へのフィデューシャリー・デューティー適用規則案を提案していたが、当時は文言の曖昧さもあり、根拠法である従業員退職所得保障法(ERISA法)の原則が硬直気味に適用される懸念から、証券業界のみならず当局者や議会の一部からも猛反対に遭い、撤回に至った経緯がある。

 2015年に再提出された現行案は、より実務の実態に即し歩み寄ったものとなっている。例えばERISA法が規定する「受託者」(投資商品販売業者)への禁止行為のうち、通常のIRAや401k関連の投資商品提供の際に従来も受領が可能だった販売手数料、12b1手数料(投信の一定残高に対して支払われる販社向け報酬)等については、顧客の最善利益を追求する態勢が一定担保されているという条件の下、禁止規定の適用除外を認めている(※8)。

 証券会社を含む投資商品販売業者らはなおも、対応コスト負担(※9)による顧客不採算や低採算化で小口投資家とのビジネスから徹底せざるをえなくなり、それは小口投資家の利益にならないというロジックで現行の労働省案に対して反対を示している。しかし、彼らの反対はフィデューシャリー・デューティーの適用自体について向けられてはいない。現実的な落としどころとして証券業界らが受容姿勢を示しているのは、証券ビジネスにより精通するSECがドッド・フランク法に基づき、実務に即した規則を策定することである(※10)。政治的にも、労働省案をSEC案によって上書きすることの立法化を目指した超党派的法案が上下両院それぞれに上程されることにも象徴されるように(※11)、大統領選の行方次第では、労働省案がいったん発効した後に新政権下で見直しがなされる可能性はある。その際の争点は、フィデューシャリー・デューティー適用自体の可否ではなくその中味である。

ロボ・アドバイザー技術を活用したフィデューシャリー・デューティーの遂行

 顧客利益最優先や追加的な開示義務などを所与のものとしても、証券業界らがフィデューシャリー・デューティー適用自体を概ね受け入れる姿勢を示している重要要因の1つに2010年代以降のロボ・アドバイザー技術の台頭がある。米国のロボ・アドバイザーのほとんどはセルフのプロファイリングとアセットアロケーションと自動リバランスを組み合わせたラップ・サービスだが、2014年頃からは対面を含む既存証券会社や銀行グループ、保険代理店などの投資商品販売業者による小口投資家層などへの対応を想定した導入が着実に広がりつつある。

 コスト負荷の観点を除くと、2000年代以前にフィデューシャリー・デューティー適用が実務的に難しいといわれてきた業務面での最大の理由は、投資顧問契約に義務付けられているような継続的レビューや個別性を考慮したアドバイスを、小口を含むすべての顧客に提供しなければならなくなることの非現実性にあった。この点については、既存の投資商品販売業者が、ロボ・アドバイザー技術によるプロファイリングのアップデートとアロケーション提案を一部の顧客にはセルフで実施してもらうことでクリアできるという解釈が米国証券界内部でも強まっている(※12)。これは、米国における今後のロボ・アドバイザー技術が、新興の独立フィンテック企業による直接的なB2C(個人向け)モデル主導ではなく、対面を含む既存証券会社や銀行、保険代理店らを通じたB2Bモデルを中心により広範な投資家や販売業者によって活用されていくという見方(※13)に背反せず、むしろ整合的である。

1) 米国では一部年金保険などを除き、銀行支店内での対面投資商品販売は関連証券会社か外部証券会社所属の営業員への間貸し形態で行う。また、大手・中堅保険代理店の中にも証券業登録しているところは多い。
2) 2014年末。セルリ・アソシエイツ集計。
3) 米国ではファイナンシャルプランニングの提供者は投資顧問業者としての登録が義務付けられる。
4) 2014年末。セルリ・アソシエイツ集計。
5) ランド・レポート。
6) 米証券会社業界団体SIFMAの2015年3月会合。
7) 米国証券会社ではIRA内にある投資資産残高が預り資産の5割前後やそれ以上を占めるケースも多い。また対面証券会社の支店営業員では職域向けに401kの営業を行っている者も珍しくない。
8) 連邦公報(Vol. 80, No. 75)。
9) SIFMAは現行労働省案では業界全体の対応コストが最大58億ドル、独立証券会社の業界団体FSIも同業界の初期費用だけで39億ドルに上ると見積もる。
10) SIFMAでは、SECが証券外務員に対して1940年投資顧問法に基づくRIA向けと同一のものを適用するのではなく、独自の新規則の策定を求めている。
11) 労働省案の発効を阻止する法案については上下両院で可決されてもオバマ大統領が拒否権発動の意思を公言しているため、2015年に成立する可能性はほとんどない。
12) マネーマネジメント協会やSIFMA主催の年次イベントにおけるパネリストや法曹発言など。一方で、独立ロボ・アドバイザー企業が人手を一切介さず提供するプロファイリングや投資アドバイスがフィデューシャリー・デューティーを満たすか否かについては、証券業界、労働省、法曹、議会関係者の間でも意見が分かれている。
13) 例えば、米調査会社アイテ・グループでは2017年末のロボ・アドバイザー運用残高2,850億ドルのうち約80%が既存の証券会社や運用会社で占められると予想。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

Yoshinaga

吉永高士Takashi Yoshinaga

NRIアメリカ
金融・IT研究部門長
専門:米国金融経営調査

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