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米国の利上げに手足を縛られる非主要国の通貨金融政策

2016年3月号

未来創発センター戦略企画室 上級エコノミスト 佐々木雅也

米国の利上げが進んでいくと、米ドルに通貨ペッグしている国や通貨安・資本流出を警戒している国で、通貨金融政策の舵取りが困難さを増してくる。

米国の利上げと国際金融のトリレンマ

 各国の金融政策は本来、その国が置かれた経済状況に沿って決定されるべきものである。しかし現実には、国外の環境変化が政策を左右する場合も少なくない。

 米国の中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)は、昨年12月16日に0.25%ポイントの利上げを実施した。すると、このFRBの利上げに歩調を合わせる形で、サウジアラビアや香港、メキシコの金融当局が即座に政策金利を0.25%ポイント引き上げる動きに出た(※1)。

 国際金融論の教科書に出てくる「国際金融のトリレンマ」によると、政策当局は「自由な資本移動」、「為替レートの安定」、「独立した金融政策」という3つの政策を同時に遂行することはできないとされる。上記の国や地域がFRBに追随して利上げに動いたのは、金融政策の独立性を放棄して、対米ドルでの為替レートの安定を目指そうとしたことに他ならない。

 だが、「対米ドル」で為替レートを安定させることが本当に為替の安定につながるかどうかは定かではない。図表1は、上記の3カ国・地域と米国の一昨年からの名目実効為替レートの推移を示している。これによると、サウジアラビアや香港の名目実効為替レートが、米国の金融政策正常化への思惑や原油価格の下落などを受けて2014年後半から急激に上昇した米ドルにつられる形で大幅に上昇してきた様子が見て取れる。こうしたことが起きるのは、両国・地域の通貨が米ドルにペッグする政策を採用しているからである(※2)。

米ドルへの通貨ペッグがもたらす歪み

 市場参加者の間では、今年の米国の利上げのペースは、昨年12月にFRBが公表したドットチャートが示唆する4回よりも少なくなるという見方が多い。だが、実際の利上げの回数が何回になろうとも、FRBが金融政策の正常化を目指し続ける限りは、程度の差こそあれ市場では利上げが常に意識され、それに伴ってドル高への圧力が残ることになるはずだ。そうだとすると、サウジアラビアや香港が対米ドルとのペッグを維持する限りは、両国・地域の実効為替レートが米ドルの動きに合わせて上昇トレンドを描き続けることになる。

 例えばサウジアラビアでは、2014年後半からの原油価格の下落を受けて財政収支も経常収支も赤字になっている。このとき為替が変動相場制であれば、サウジアラビアの通貨リヤルは下落をしているはずであり、市場原理がより強い先物市場では実際にリヤル安の動きが見られた。それでも、通貨当局はわざわざ声明を出してまで米ドルとのペッグを維持しようとしている(※3)。

 しかし、サウジアラビア自らが原油価格が上がらないように仕向けている以上、自国の経常赤字の改善は容易ではない。そのため同国は今後も、米ドルとのペッグによって起きる実効為替レートベースでの通貨高圧力と、経常赤字によって起きる(対米ドルを含む)通貨安圧力とのギャップに悩まされていくことになるだろう。

 また、サウジアラビアと香港の政策金利は、昨年末に利上げをするまでは米国のゼロ金利に引きずられる形でそれぞれ0.25%、0.50%という、これも意図しない超低金利の状態が永らく続いた。

 1980年代後半の日本のバブルの例を出すまでもなく、経済の実勢に合わない低金利の継続は、その国や地域の経済に何らかの歪みを生み出しているはずである。そのため、サウジアラビアや香港のように、米ドルとの通貨ペッグを採用している国々や地域では今後、意図しない政策金利の上昇にどこまで経済が耐えられるかが大きな課題となってくるだろう。

 例えば香港では、リーマン・ショック後の米国の金融緩和を受けて2008年末に政策金利を0.50%にまで引き下げたが、それ以降は、図表2にあるように同地域の民間非金融部門の負債が企業部門を中心に急増しており、GDP比でみた大きさは300%に接近している。それに加え、同地域の住宅価格や商業用不動産価格もやはり2009年以降に上昇傾向が一段と強まってきている。

 今後、香港の金融当局がFRBの動きに追随して政策金利をさらに引き上げていくことになれば、大きな負債を抱えた民間部門の信用問題や資産価格の変調といった形でその影響が出てくる可能性は否定できないだろう。

困難さが増す非主要国の通貨金融政策

 その一方で、メキシコは変動相場制を取っており、図表1にある名目実効為替レートは米ドル高の影響を受けて2014年後半から急激に安くなっている。金融政策も2~4%のインフレ目標に基づいて運営されているが、足元の消費者物価上昇率は通貨安が続くなかでも前年比で2%台前半であり、本来なら急いで政策金利を動かす必要はない。

 それでもメキシコの中央銀行がFRBの利上げに追随して政策金利を引き上げた最大の理由は、米国との金利差が縮小することで通貨安や資本流出がさらに加速し、それが将来的なインフレにつながることを恐れたからである。だが、低インフレ下の利上げは必要以上に同国の景気を冷やす危険性があり、ある種の賭けとも言える。

 こうして見ると、FRBによる金融政策の正常化プロセスが今後さらに進んでいくにつれ、上記の例の他にも、通貨政策や金融政策の舵取りの困難さに直面する国や地域がさらに増えていく可能性が高いと考えられる。

1) サウジアラビア通貨庁(SAMA)は昨年12月16日にリバースレポ・レートを0.50%、香港金融管理局(HKMA)は同17日にベース・レートを0.75%にそれぞれ0.25%ポイント引き上げた。また、メキシコの中央銀行であるメキシコ銀行は同17日に翌日物金利の誘導目標を3.00%から3.25%に引き上げた。
2) サウジアラビアは1米ドル3.75リヤルで為替レートを固定している。一方、香港の通貨ペッグ制では、1米ドル7.75~7.85香港ドルの範囲内で変動が認められている。
3) SAMAは2016年1月11日に声明を出し、通貨リヤルのペッグ制維持を改めて強調した。
http://www.sama.gov.sa/en-US/News/Pages/News11012016.aspx

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

佐々木雅也Masaya Sasaki

未来創発センター戦略企画室
上級エコノミスト
専門:マクロ経済分析

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