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表面化し始める米国の金融政策正常化への痛み

2015年12月号

未来創発センター戦略企画室 上級エコノミスト 佐々木雅也

昨年後半からのドル高や今夏の世界的な株式市場の混乱は、米国の量的緩和によるポートフォリオ・リバランス効果の副作用が金融市場で表面化したものだと考えられる。

利上げ開始時期を巡って右往左往する背景

 当初は早ければ今年6月にも始まるとされた米国の利上げは、あたかも逃げ水のように、その時期が後ずれし続けてきた。利上げ開始の時期を巡って市場もFRBも右往左往する背景には、米国の実体経済において、利上げの開始に誰もが納得するような条件がいまだに揃い切っておらず、人々の利上げに関する見方が一向に集約していかないことがある。

 確かに、米国の景況判断で最も重視される雇用は緩やかながらも改善が続いている。かつては10%もあった失業率はその半分の5%にまで回復してきており、前回、米国で利上げが始まった2004年6月の失業率の水準をも既に下回っている(※1)。また、連邦準備銀行がある米12地区の経済状況をまとめた今年10月のベージュブック(米連銀地区経済報告)(※2)には、多くの地区で、企業は熟練労働者だけでなく、場合によっては非熟練労働者を獲得するのが引き続き困難だったとの記述がある。こうした労働市場の動きを見れば、本来なら、今頃はもうとっくに利上げが始まっており、既に何回かを市場がこなしていても全く不思議ではない。

 ところが労働市場では需給引き締まりの兆しが現れていても、前出のベージュブックも指摘しているようにインフレに直結する賃金の伸びは相変わらず抑制されたままである。これに原油安やドル高が重なって物価の伸びも止まっており、利上げを急ぐ理由は物価・賃金面からは乏しいと言わざるを得ない。

 それどころか、米国の製造業や鉱業は、2015年に入ってから原油安やドル高の影響を受けて苦戦を強いられている。そのため、労働資源の活動度合いを測る失業率は前述のように改善を続けているのに、鉱工業が保有する設備の稼働率は低下基調を示している(図表)。金融危機後の米国経済の回復はエネルギー関連投資に頼っていた面もあり、鉱工業の活動低下は同国経済にとって無視できるものではない。

ポートフォリオ・リバランス効果の副作用が顕在化

 こうしてみると、米国が利上げへの決定打を欠く要因の多くは原油安とドル高にあると言えるが、これらはいずれも米国の外から降ってきたものではなく、米国自身が生み出したものでもある。

 米国はシェール関連の開発が急速に進んだことで2014年には世界最大の産油国になっており(※3)、産出量も近年で最も少なかった2008年の1.7倍に達している。この米国の変化を受けて、OPEC加盟国は自らの影響力を維持しようとして原油の産出量を増やしたが、新興国の景気減速で需要が伸び悩んでおり、需要と供給のバランスが大きく崩れてしまった。昨今の原油価格の低下はその結果として起きている。

 また、昨年後半から急速に進んだドル高は、新興国を含めた世界経済全体が減速傾向にあるなかで、米国(と英国)だけが金融政策の正常化を標榜したために、米国への資金流入が起きたことが引き金となっている。しかし、FRBが金融政策の正常化に舵を切る前の量的緩和期には、今とは逆で新興国への活発な資金流入が起きており、これが新興国の通貨高をもたらしていた。

 仮にこの新興国通貨高(=ドル安)が、量的緩和による米国債の市場からの吸い上げによって運用資金が株式等の他の運用資産に流れるというポートフォリオ・リバランス効果の一つとして起きていた(※4)のだとしたら、昨年後半からのドル高は、金融政策が元の形に戻ろうとし始めたことで起きるポートフォリオ・リバランス効果の巻き戻し現象だとも解釈できる。

 同様に、米国の量的緩和によるポートフォリオ・リバランス効果によって、世界各国の株価が実体経済の実力以上に上がっていたのだとしたら、今夏の世界的な株式市場の混乱はドル高と同じように、金融政策の正常化に伴うポートフォリオ・リバランス効果の巻き戻しとして起きた可能性がある。そうだとすると、米国の物価や賃金の上昇加速など、利上げ開始に誰もが納得するような条件が揃わないままFRBが再び金融政策の正常化を急ごうとすれば、今夏と似たような現象が再び起きる可能性は否定できない。

 10月28日に公表されたFOMC(連邦公開市場委員会)の声明文では、12月15日から16日にかけて行われる次回のFOMCで利上げの是非について検討する旨を明記している。このため12月中旬にかけては、今年9月の時のように市場に緊張感が広がる場面が出てくることを考慮しておくべきであろう。

FRBは利上げ開始後の道筋を明確にすべき

 さらに、金融政策の正常化を進める上での痛みが今述べたような形で出てくるのであれば、FRBは利上げを始めた後の方向性についても、明確なメッセージを市場に伝えておく必要があるだろう。

 前述のように、量的緩和によるポートフォリオ・リバランス効果によって、株式や新興国通貨をはじめとする様々な(資産)価格が押し上げられたのであれば、金融政策の正常化プロセスは、その逆の効果を金融市場にもたらすことになるので、これからの市場環境はどうしても不安定になりやすい。そうした時に、FRBが利上げを始めた後でも「今後の利上げは経済指標次第」などといった形で不確実性を残すようなことをすると、市場が新たな利上げを織り込み始めるたびに、ポートフォリオ・リバランス効果の巻き戻し現象による突風が市場に吹き荒れることになりかねない。

 そうであれば、金融政策の正常化プロセスのために不安定になりやすい市場をある程度落ち着かせる手段として、FRB自らが利上げの際の上げ幅やペース、自行のバランスシートの圧縮時期などに関するガイダンスを明確に示すことで、市場の不確実性が不必要に増幅しないようにする工夫が必要になってくるだろう。

1) 2004年6月時点の米国の失業率は5.6%。
2) http://www.federalreserve.gov/monetarypolicy/beigebook/files/Beigebook_20151014.pdf
3) “BP Statistical Review of World Energy June2015”によると、2014年の米国の原油生産量は日量1164.4万バレルとなり、前年に最大の原油生産量を誇ったサウジアラビア(2014年は1083.8万バレル)を上回った。
4) その一方で、拙著「量的・質的金融緩和の効果はどこまで波及したか」(『金融ITフォーカス』2014年12月号を参照)で指摘したように、実体経済、特に銀行貸出に対するポートフォリオ・リバランス効果は、金融政策に対する「期待」の変化を加味しても、限定的なものに留まると考えられる。このことは、金融市場と実体経済とでは、ポートフォリオ・リバランス効果の効き方が大きく異なることを示唆している。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

佐々木雅也Masaya Sasaki

未来創発センター戦略企画室
上級エコノミスト
専門:マクロ経済分析

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