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アリの設計図なきコンピューター

2015年10月号

外園康智

アリのコロニーは、人間の設計した家よりもはるかに精巧だと生物学者は考えている。無数に存在するアリの個体は、食料調達、パトロール、コロニーメンテナンス、廃棄物処理、不活性(何もしない)の5つの作業に割り当てられている。

その配分は環境により調整されるが、その方法は、他作業を行っているアリに遭遇する割合が多いと、個々のアリが判断して作業内容を変える。そして、建設途中の状態や他のアリたちが堆積・吐き出したものの厚みと配置をみて、「すでに何か作られている所に土をもれ」のような単純なルールに基づいて作業する。コロニーのどこにもアリ全体に指示を出すようなリーダーや設計図は存在しない。

 このように、個々の主体が単純なルールを繰返すことで、全体として複雑な構造や秩序が生まれるかという問いは、奥深い数理問題でもある。極端に単純化したセルオートマトン1)というシミュレーションがある。横一列に並んだアリ達は赤組と白組に色分けされ混ざっている。個々のアリは、両隣と自分の色から次期の自分の色を決める。例えば、赤白赤なら赤に染まり、白白赤なら白のままなど。これらのルールの総数は256通りになるが、全パターンについて、適当な初期状態(赤白の並び)から、一定時間後にどんな状態・模様になるか計算できる。256中多くのルールでは全員が赤一色に揃ったり、周期的なパターンや、完全に不規則な状態になる。この中で「ルール110」と呼ばれるルールは、規則的なパターンと不規則なパターンが同時に出現する複雑な振る舞いをする。

 セルオートマトンは、セル配置を0や1、カウンターなどの計算機要素との対応で計算機とみなせる。実は、この計算機が特別なルール110の場合に“万能チューリングマシン”になることが証明されている。これは、通常の計算機で実行可能なすべてのアルゴリズム(ソートや素数判定、検索エンジンなどを含む)が、セル配置の工夫で処理可能なことを意味する。複雑な振る舞いのルール110が万能性を持つ不思議さがある。

 冒頭のアリの配分変化ルールがルール110より複雑なことからも、自然界には人間の設計したコンピューターと同等の計算機構が数多く存在すると考えられる。おそらく世界そのものも、規則と不規則のパターンを生み出すルールが自然淘汰的に選ばれて、秩序と多様性のバランスがとれたのだろう。

 ところで、活性化(=疲弊した?)したアリが多数発生すると、救援に向かうアリが増えるというメカニズムが、身近なシステム開発組織を思いおこすのはどうしてだろう?

1) 二次元版になると有名なライフゲームである。これも万能チューリングマシンであることが証明されている。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

外園康智Yasunori Hokazono

金融デジタル企画一部
上級研究員

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