1. HOME
  2. 刊行物
  3. 金融ITフォーカス
  4. カテゴリから探す
  5. リスク管理
  6. 金融機関のリスク・テイク行動を決める企業文化

金融機関のリスク・テイク行動を決める企業文化

2015年6月号

金融ITナビゲーション推進部 上級研究員 川橋仁美

金融危機以降、金融機関のコンダクト・リスクの顕在化が続いている。コンダクト・リスクは企業文化に起因するものである。企業文化は金融機関の努力により改善すべきものである、と監督当局は考えている。意識して企業文化を守り、維持することは、企業の長期的な財務の安定性にとって不可欠なことであり、それは経営者の重要な責務である。

続くコンダクト・リスクの顕在化

 金融危機以降、基準金利や外国為替の不正操作や、住宅ローン証券など商品の不正販売など、金融機関のコンダクト・リスクの顕在化が続いている。コンダクト・リスクとは、市場の一体性(integrity)の信頼を損ねる、あるいは顧客保護を脅かす一連の行為(conduct,コンダクト)が生じる可能性を指す(※1)。

 金融危機を契機に、監督当局による金融機関のコンダクト・リスクに対する監視が強化された。例えば、英国では、2012年金融サービス法にもとづき、金融監督機関である金融サービス庁を、健全性監督機構(Prudential Regulation Authority:PRA)と金融行為規制機構(Financial Conduct Authority:FCA)に分離、金融機関の行為を規制する専門の監督機関を設立した。そこには、金融危機以前は、健全性監督に重点が置かれ、行為規制とのバランスが欠けていたとの反省がある。金融危機時に多額の公的資金が金融機関の救済のために使われたことも、金融危機後、監督当局が金融機関の行為と倫理観を厳しく問うようになった一因となっている。

コンダクト・リスクのルーツ~不健全な企業文化

 監督当局は、金融機関のコンダクト・リスクの顕在化が続いていることを深刻に受け止めている。しかしその一方で、コンダクト・リスクを根絶するために監督当局として何ができるかについての悩みは深い。その理由は、コンダクト・リスクは企業文化に起因するものであるが、企業文化は、金融監督を通じてではなく、金融機関自身の努力により改善すべきものであるという考えにある。米国連邦準備理事会のイエレン議長は、2015年3月の公開市場委員会の後の記者会見で、金融監督を通じて金融機関の企業文化を変えることは難しいと述べている(※2)。

 とは言え、監督当局は手を拱いているわけではない。2014年4月には金融安定化理事会(FSB)が金融機関のリスク文化の健全性を評価する4つの指標(①トップの姿勢、②説明責任、③効果的な疑問の投げかけ、④インセンティブ)を公表。監督当局による金融機関の企業文化のモニタリングも行われるようになっている。

リスク・アペタイト・フレームワーク-健全な企業文化醸成のツール

 健全な企業文化の醸成は、金融機関の経営者の重要な責務である。それは、金融機関がどのようにリスクをとってリターンをあげるかというリスク・テイク行動が当該金融機関の企業文化と深く結び付いているという理由による。

 リスク・アペタイト・フレームワーク(RAF)は、リスク・アペタイトを組織のあらゆる階層の意思決定の基準とする経営管理フレームワークである。健全な企業文化の醸成はRAFの効用のひとつと考えられており、このことが海外金融機関が積極的にRAFの構築に取り組む大きな理由のひとつとなっている。海外金融機関ではリスク・アペタイトを、どのような業務に取り組み、どのようにリスクをとってリターンをあげるかを示す中長期的な基準として位置づけている。RAFは、このリスク・アペタイトを役職員ひとりひとりに浸透させ、「本来とるべきでないリスクはとらない」、またリスクをとる場合には「適切なリスク・テイク行動をする」という健全な企業文化を醸成、強化するツールとして活用されている。

健全な企業文化の醸成に不可欠な要素

 従業員が意識や行動を変える動機付けとなるという理由から、リスク・アペタイトと業績評価を結び付けることはRAFの要諦のひとつと考えられている。海外金融機関では、既に業績評価において、どれだけ収益をあげたかより、どのように収益をあげたかをより重視するようになっている。たとえ収益目標を達成しても、それが企業価値を破壊する行為によるものであれば評価されない。例えば、業績評価において非財務項目の割合や比重を高める、単年度の目標の達成だけでなく長期的な目標の達成を同時に評価する、役職員の日々の行動と企業価値との整合を評価する、役職員の企業価値に対する理解度を評価する、などの取り組みが行われている。一口に業績評価を変えると言っても簡単なことではない。それは、インセンティブの与え方によっては、従業員を間違った方向へ導く可能性があるからである。いずれの海外金融機関もリスク・アペタイトをどのように個々の業績評価指標へと落とし込むかについては腐心している。

 正しい行為の動機付けとなる適切な業績評価制度の実施と共に、健全な企業文化の醸成・強化に不可欠なことは、それに対する経営者のコミットメントである。米国大手銀行Bank of Americaの証券子会社であるMerrill Lynchは、この半年ほどの間に成績上位の古参のファイナンシャル・アドバイザーを数名規定違反で解雇した(※3)。こうした厳しい処罰を行った理由は、コンダクト・リスクに対する監督当局の監視の強まりだけでなく、Merrill Lynch自体の管理姿勢が厳格になったことにあるとされている。実はこうした対応はMerrill Lynchに限ったことではない。海外金融機関では、経営者が従業員の企業価値を破壊する行為に対して明確にNOを示すようになっている。こうした経営者の厳格な対応が、正しい行為をするという企業価値の役職員への浸透をより確実なものとしている。

 一方、国内金融業界を振り返ってみると、合併や買収という大きな組織的な変化に際しては、たすき掛け人事などのように制度面での平等には腐心しても、組織として企業文化をどのように醸成・維持するかについては十分な注意を払ってこなかったように思う。そこには、言わなくてもわかるだろうという日本人特有の安心感や価値観があると考える。

 企業文化の研究が進む海外では、企業合併や買収の失敗の一因は、企業文化の統合がうまくいかないことにあると考えられている。また企業文化は、内外環境の変化と共に変わっていくため、単に勤続年数が長いことが企業価値を理解し、それを守る行動に繋がるとは限らない。むしろ昔から会社のことを知っているという思い込みが、役職員の内外環境の変化への感度を鈍らせ、企業価値を破壊する行為に繋がる可能性は高いと言う。意識して企業文化を守り、維持することは、企業の長期的な財務の安定性にとって不可欠なことであり、それは経営者の重要な責務である。

1) Financial Service Authority, Journey to the FCA
2) Transcript of Chair Yellen’s FOMC Press Conference, March 18, 2015
3) Wall Street Journal, 2015年4月6日

※組織名、職名は掲載当時のものです。

印刷用PDF

Writer’s Profile

川橋仁美Hitomi Kawahashi

金融イノベーション研究部
上級研究員
専門:内外金融機関経営、ALM、リスク管理

このページを見た人はこんなページも見ています