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リスク・ガバナンスとリスク・アペタイト・フレームワーク

2015年1月号

金融IT ナビゲーション推進部 上級研究員 川橋仁美

バーゼル銀行監督委員会は、2014年10月に「銀行のためのコーポレート・ガバナンスの諸原則」市中協議文書を公表した。その内容は、本邦金融機関にとって負担の大きなものとなっている。改定の根底にある考えを理解することが、実効性のあるリスク・ガバナンス体制を構築する近道となる。

「銀行のためのコーポレート・ガバナンスの諸原則」改定とその根底にある考え方

 バーゼル銀行監督委員会(以下、バーゼル委員会)は、2014年10月に「銀行のためのコーポレート・ガバナンスの諸原則」市中協議文書を公表した。これは、2010年に同委員会が公表した「コーポレート・ガバナンスを強化するための諸原則」の改定版である。今回の改定は、2013年2月に金融安定化理事会が公表した「リスク・ガバナンスのテーマ・レビュー」報告書等を踏まえたものである。前回の諸原則は、先の金融危機の教訓を踏まえ、銀行のコーポレート・ガバナンスとそれに対する当局の監視を強めることを目的としていた。今回の改定の目的は、銀行のリスク・ガバナンスに関するガイダンスの強化である。具体的には、1)取締役会の監視とリスク・ガバナンスに対する責任の強化、2)リスク文化、リスク・アペタイト及びリスク・アペタイト・フレームワーク(以下、RAF)、リスク・キャパシティなどのリスク・ガバナンスの主要な構成要素の明確化、3)銀行全体のチェック・アンド・バランスの強化である。なおコーポレート・ガバナンスの重要な論点である株主の権利については、今回の諸原則の主たる関心事ではなく、OECD原則に準じるとしている。

 今回の市中協議文書を受け、国内の業界関係者からは、本邦金融機関の現状とは差が大きい、海外の金融機関は本当に諸原則で求められていることをやっているのかという疑問の声も聞かれる。負担感が大きい理由は、今回の改定が単に原則を満たすことではなく、実効的な運用を重視していることにある。

 今回の改定の根底には、2つの基本的な考え方がある。第一に、企業文化と企業価値は、銀行のリスク認識、リスク・テイクそしてリスク管理に対する姿勢を大きく左右する要素であること。すなわち銀行の経営の持続可能性(Sustainability)は、組織内の個々人が企業文化と企業価値(つまり長期的な利益)を守る行動をとることによってのみ実現できることである。第二に、健全な企業文化と企業価値を構築し、その組織への定着を図ることは、取締役会と上級経営陣の重要な責務であることである。

改めて確認されたRAFの重要性

 銀行のリスク・ガバナンスの強化のためには、リスク・アペタイト及びそれを中軸とする経営管理フレームワークであるRAFが欠かせない要素であることも、今回の市中協議文書で改めて確認された。RAFは、長期的な財務の安定性と企業価値の向上のために、経営戦略及び予算計画の策定、予実管理、業績評価という経営管理サイクルの中で、常にリスク・アペタイトを意識する経営管理フレームワークである。RAFを組織に浸透させるプロセスは、大きく1)リスク・ガバナンス強化と、2)第一の防衛線の強化~事業部門のリスクに対するオーナーシップの意識を醸成すること、という二つのフェーズから成る。また、RAFには、1)と2)のプロセスを通じて、職員一人一人の企業文化や企業価値に対する意識を高めるという効用がある。

 前回の諸原則が公表された2010年時点でも、既に海外金融業界では、リスク・アペタイト及びRAFが銀行のリスク・ガバナンスの強化等に有効なツールであるとの認識はあった。しかし当時は、大宗の金融機関がRAF導入あるいは運用を開始したばかりであり、その効用は実証されていなかった。しかし、2013年11月に「実効的なリスク・アペタイト・フレームワークの諸原則」が公表されるなど、この4年間に、海外金融業界ではRAFの運用を重ね、その効用を多くの金融機関及び当局が認識するところとなった。そしてこのことが海外の金融当局及び金融機関がリスク・アペタイト及びRAFをリスク・ガバナンス強化の重要なツールとしてより一層推進する動きに繋がっていると考える。

 銀行のチェック・アンド・バランスの強化、すなわち3つの防衛線の強化も、今回の改定の目的の一つである。3つの防衛線とは、第一の防衛線:事業部門、第二の防衛線:リスク管理部門、第三の防衛線:内部監査部門を指す。金融機関のリスク管理においては、この3つの防衛線がそれぞれの役割を果たすことが非常に重要である。このうち第一の防衛線である事業部門は、リスクのオーナーとして、リスクを特定、管理、評価、モニタリング、報告する責任を負う。もともと事業部門は、収益目標のオーナーであり、本来であれば、最もリスクに対して感応的であるはずである。しかし第二の防衛線であるリスク管理部門の強化に力点が置かれていたため、知らず知らずのうちにリスク管理はリスク管理部門の仕事という意識が事業部門に定着してしまった事実は否めない。先の金融危機時には、こうした第一の防衛線の脆弱性が顕在化した。その結果、現在、金融機関のリスク管理において第一の防衛線の強化は重要な課題の一つとなっている。

 第一の防衛線を強化するためには、事業部門やリスク管理部門担当者の考え方を変える必要があるが、それは容易なことではない。RAFは、第一の防衛線強化のために有効なツールであるが、残念ながらこの点はまだ日本では実感を持って受け止められていない。RAFの運用において先進的な海外金融機関では、既にRAFを、業務部門のリスクに対するオーナーシップ意識を醸成し第一の防衛線を強化するツールとして活用している。

 今回公表された諸原則をチェックリストと受け止め、そこに示された個々の要件を満たすだけでは、残念ながらリスク・ガバナンスの実効性を担保することはできない。金融機関が自らの経営スタイルに適した実効的なガバナンス体制を確立するためには、諸原則で求められている要件のどの部分に重点を置くべきかを判断することが必要であり、そのためには、改定の根底にある考えを理解することが不可欠である。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

川橋仁美Hitomi Kawahashi

金融イノベーション研究部
上級研究員
専門:内外金融機関経営、ALM、リスク管理

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