1. HOME
  2. 刊行物
  3. 金融ITフォーカス
  4. カテゴリから探す
  5. 金融市場
  6. 「第一の矢」が機関投資家に届くまで

「第一の矢」が機関投資家に届くまで

2015年1月号

金融ITイノベーション研究部 主任研究員 竹端克利

一般に、金融政策は財政政策や成長戦略と比べて即効性が高いと言われるが、現実には効果が表れるまでには相応の「ラグ」がある。政策効果を考える際は、この事実を踏まえた冷静な議論が求められる。

「もう2年」と「まだ2年」

 日銀が「量的・質的金融緩和」(以下、QQE)(※1)を導入してから、2年が経過しようとしている。QQEを巡る議論は多岐にわたっているが、「大規模な国債買入れによって長期金利の低下(と円安・株高)は実現したものの、投資家の投資行動や、企業・家計の支出行動に本質的な変化を与えた訳ではない」という指摘は多い。

 このような指摘の背後には、金融政策は財政政策や成長戦略と比べて「即効性が高いもの」という認識があると思われる。確かに、金融政策は日銀が金融政策決定会合で決定するため、国会審議が必要な財政出動や成長戦略と比較すると、政策を「決定」するまで、あるいは「決定」から「実行」に移すまでのタイムラグが短いのは事実である。ところが、政策を実行してから「効果が表れる」までのタイムラグをどう考えるかは、人によってかなりのばらつきがある。この認識の違いが、「もう2年」と評価するのか、それとも「まだ2年」と評価するかの大きな分かれ目となっているように思える。本稿では、機関投資家による投資行動の変化を取り上げ、政策効果が表れるまでのタイムラグについて考えてみたい。

2014年度入り後に外債投資を積極化させた生命保険会社と年金基金

 図表1は、生命保険会社による日本国債と外国債券の売買動向(買付額から売却額を差し引いた金額)を整理したものである(※2)。まず、日本国債について4月から10月までの買い越し額を累積してみると、昨年度が約3.9兆円、今年度が約3.5兆円であり、さほど大きな違いは見られない。一方、外国債券は、昨年度の約1,000億円の売り越しに対し、今年度は10月時点の累積で約3.3兆円の買い越しとなっており、明らかに変化している(※3)。また、昨年度は多くの月で売り越していたのに対し、今年度はすべての月で買い越している点も特徴的である。生命保険会社は、今年度に入ってから外債投資を積極化させていると言える。

 2013年度と2014年度で明確な差が出た背景には、国内の名目金利に対する見通しの違いがあったと思われる。

 QQE開始後しばらくの間は、日銀の大規模な国債買入れによって名目金利が抑制されるという見方と、景気や物価見通しの改善によって名目金利に上昇圧力が加わるという見方が並存していた。このため、名目金利に対するプラスとマイナスの力のうち、どちらが支配的かははっきりせず、金利動向を展望しにくかった時期が続いていた。図表2に示す通り、長期金利が「下降トレンド」として判断できるのは2013年夏場過ぎ以降である。

 仮に高いクーポン収入が日本国債から見込めるのであれば、生命保険会社にとっては為替リスクやヘッジコストを負担してまで外債投資を行うメリットは薄く、日本国債を買い増すほうが合理的であろう。しかし、前述の通り、少なくとも2013年度前半の段階では、名目金利の上昇を前提とした投資判断は行いにくかったと考えられる。2013年度の市場環境を経験する中で、当面の間は日銀の買入れによる名目金利の抑制効果が大きいという相場観が定着し、結果的に2014年度の運用計画において外債投資の増額が決定された可能性が高い。

 生命保険会社だけではなく、国内の公的・私的年金の動向を表すとされる「信託勘定」(※4)を経由した外国債券の売買動向についても、今年度入り後に変化が見られる。10月までの累積買い越し額は、昨年度が約1.2兆円だったが今年度は約2.3兆円に達しており、信託勘定経由の外債投資のペースは昨年より早いことがわかる(図表3)。もちろん、この統計からは、信託勘定の委託元は特定できないため、日本の年金基金が外債投資を積極化させていると断定はできない。しかし、国内の長期金利の下降トレンドが定着していることを踏まえると、生命保険会社と同様に外債投資を増加させるインセンティブは十分あるし、時価会計が適用される年金基金にとっては、万が一の金利上昇リスクをヘッジするために外債投資を増加させたという説明も成り立つだろう(※5)。

 ここで取り上げた外債投資はあくまで一例であり、金額も生命保険会社全体、年金基金全体の規模からみると大きいものではない。それでも、QQEの効果が金融市場に浸透し、機関投資家の投資行動の変化として表れるまでには相応の時間を要していたという点は重要である。この事実を踏まえると、当初QQEで期待された「ポートフォリ・リバランス効果」が、広範囲にわたって表れてくるのは実はこれからなのかもしれない。少なくとも、政策効果を考える際は、即効性が高いと言われる金融政策といえども、実行されてから効果が顕在化するまでのタイムラグとは無縁ではないという事実を認識した上で、冷静に議論すべきではないだろうか。

1) 「QQE」は、「量的・質的金融緩和」の英語表記である「Quantitative and Qualitative Easing」の略称である。
2) 統計の定義上、「日本国債」には損害保険会社による取引も含まれる。ただし、2014年3月末時点の国債保有残高は、生命保険会社の約150兆円に対して損害保険会社は約6.2兆円であるため、取引の大部分を生命保険会社が占めていると推測した。なお、ここでいう「日本国債」には国庫短期証券は含まない。
3) ここでいう「外国債券」とは、発行から償還までの期間が1年以上の債券(この統計上で「中長期債」と区分されている)を意味する。図表3も同様。
4) 銀行等と信託銀行の双方を含む。
5) JPモルガン・アセット・マネジメントが国内の主要な企業年金に対して行った「年金運用動向調査」(2014年6月27日発表)によれば、「国内債券を削減し外国債券やオルタナティブ投資の割合を増やす動きが鮮明になった」とされている。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

印刷用PDF

Writer’s Profile

竹端克利

竹端克利Katsutoshi Takehana

金融イノベーション研究部
上級研究員
専門:マクロ経済分析、資金循環分析、通貨・金融制度論

この執筆者の他の記事

竹端克利の他の記事一覧

注目ワード : アベノミクス

アベノミクスに関する記事一覧

このページを見た人はこんなページも見ています