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変革管理を後押しするリスク・アペタイト・フレームワーク

2014年12月号

金融ITナビゲーション推進部 上級研究員 川橋仁美

バーゼル銀行監督委員会が世界のシステム上重要な金融機関を対象に実施したオペレーショナル・リスク管理体制のレビュー報告では、4つの分野で不十分な点が確認された。そのなかの変革管理は、RAF導入の効用の一つである。本邦金融業界においてもRAFの実質的な効用を意識した息の長い取り組みを期待したい。

 バーゼル銀行監督委員会は2014年10月に、「健全なオペレーショナル・リスク管理のための諸原則」(2011年6月公表)の実施状況に関する調査結果を公表した。調査は、2014年初めに、世界20カ国(日本を含む)計60のシステム上重要な金融機関を対象に実施された。今回の調査では、11の原則のうち次の4つの原則について、銀行の対応が不十分であることが確認された。1)オペレーショナル・リスクの特定と評価、2)変革管理(※1)、3)オペレーショナル・リスク・アペタイトとトレランス(tolerance)(※2)、4)情報開示である。更に3つの防衛線全般に関する原則に脆弱点が確認された。3つの防衛線とは、業務部門、リスク管理部門、内部監査部門である。

 今回の調査報告では、銀行のオペレーショナル・リスク管理体制における、リスク・アペタイト、リスク・アペタイト・フレームワーク(以下、RAF)及びリスク文化について、直接的、間接的な言及がされている。本稿では、リスク・アペタイトの設定および変革管理についてRAFの要諦という観点から考察する。

進化を続けるリスク・アペタイト

 今回のレビュー報告書では、オペレーショナル・リスク・アペタイトの設定は、信用リスク、市場リスクに比して、組織の至るところに存在するというオペレーショナル・リスクの性質から多くの金融機関にとって対応に困難が伴うものとなっていること、また、多くの銀行がアペタイト指標をよりフォワード・ルッキングなものとする努力を続けていることが確認された。

 野村総合研究所が実施した海外事例調査によれば、どのような尺度を用いてリスク・アペタイトを設定するかは金融機関によって様々であるが、リスク・アペタイトは、概ね定量項目と定性項目から構成されている。例えば、リスク量は定量項目の一つである。今回の調査報告では、広く受け入れられている定量指標としてグロス収益に対するオペレーショナル損失の割合をあげているが、RAFの導入が進んでいる海外金融機関では、指標の選択に継続的に取り組んでいる。これは、1)定量指標はリスク・アペタイトを遵守しているか否かをモニタリングする基準となること、2)RAFを環境変化に則したものとするためには常により適した指標を探索する必要があること、という理由による。RAFの運用においては、フレームワークを継続的に改善する取り組みが不可欠である。

 わが国の金融業界では、RAFの構築を「実効的なリスクデータ集計とリスク報告に関する諸原則」(※3)と一体的に捉える向きもあるが、海外金融機関を見ると、必ずしも指標の特定、即システム対応とはなっていない。その理由は、運用開始後に選択した指標がモニタリングに適していないことが明らかになる場合があることや、時間の経過と共に指標としての適性が変化する場合があること等が指摘できる。金融機関としては、社内にあるすべてのデータをデータベースに格納し、何時でも取り出し、加工、報告できる環境が最も望ましい。しかし、その実現と維持のためには多額の費用がかかる。バーゼルⅡ対応時から海外金融機関では、規制対応のみを目的にせず、同時に経営管理の高度化を実現することを情報システム・インフラを整備する前提としている。データの利用目的やその効用、システム対応にかかる費用を十分に検討、優先順位を付けた上で対応している。例えば、データ取得が困難な場合は、取得可能なデータを組み合わせ、代替指標を作る工夫もしている。また、定量指標を定性項目で補完するなどの取り組みも行われている。

 どのようにリスクをとるか、つまりリスク・テイクの姿勢もリスク・アペタイトの重要な要素の一つであると考えられている。この点がRAFは、イコール限度枠フレームワークではなく、企業文化、企業の構成員の意識に深く根ざしたものと言われる所以である。

変革管理~高まる第一の防衛線の重要性

 今回の調査報告では、変革管理の実施とモニタリングが不十分であることも確認された。変革管理は、RAF導入の効用の一つである。RAF導入において先進的な取り組みを進めている海外金融機関では、リスクやコストの削減という変革管理の成果を享受している段階にある。こうした先進銀行に共通する点は、第一の防衛線~事業部門が強固であることにある。

 金融危機以前もリスク管理の3つの防衛線という概念はあったが、現実には牽制やリスク報告という観点から第二の防衛線であるリスク管理部門の役割が重視されてきた。金融機関の中には、リスク管理はリスク管理部門の仕事と受け止めている方々も多いと思う。しかし、現実には、リスクに晒されているのは、顧客取引の最前線にいる業務部門であり、とるべきでないリスクを水際で排除することは、業務部門の重要な役割である。金融危機以降、金融機関のリスク管理においてこの第一の防衛線の重要性が強く認識されるところとなっている。

 RAFは、この第一の防衛線を強化し、変革管理を促進する有効なツールである。RAFを業務部門に導入する段階になると、ボトム・アップを醸成する取り組みが必要になる。このボトム・アップの定着、つまり業務部門がリスクに対するオーナーシップの意識を持つことが、効果的な変革管理を促進する基盤となる。例えば、限度枠はリスク管理部門から与えられるものという意識を持つ業務部門の担当者は多いと思う。しかし業務部門にリスクに対するオーナーシップの意識が定着すると、担当者自らが現状の限度枠が適切であるか否かについてリスク管理部門に対してエスカレーションを行うようになる。この段階になると、限度枠は業務部門の行動を制約するものではなく、リスク・テイクの境界線を示すガイドラインとなる。

 更に、第一の防衛線からのボトム・アップの動きは、第二、第三の防衛線とのコミュニケーションを促進し、その結果3つの防衛線はより強固なものとなる。例えば、第二、第三の防衛線からの疑問の投げかけは、第一の防衛線である業務部門にとってリスクの取り方、つまり業務改善を考える上で重要なインプットとなる。この段階になると、RAFが目指す最終段階であるリスク・アペタイトが事業及び財務パフォーマンスの向上に寄与する状態になる。

 しかし、この深度を達成することは容易なことではない。海外事例調査によれば、効果が認識できるようになるまで少なくとも3年はかかるとのことだ。本邦金融機関にも、RAFの実質的な効用を意識した息の長い取り組みを期待したい。

1) Change management。組織や業務等の変革を推進、加速させ、経営を成功に導くという管理手法。
2) 2014年10月9日に金融庁が公表した関連プレス・リリースでは、アペタイト(appetite)=選好度、トレランス(tolerance)=許容度と翻訳している。
3) 2013年1月 バーゼル銀行監督委員会公表。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

川橋仁美

川橋仁美Hitomi Kawahashi

金融イノベーション研究部
上級研究員
専門:内外金融機関経営、ALM、リスク管理

注目ワード : リスク・アペタイト・フレームワーク

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