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日本版スチュワードシップ・コード 資産運用会社が向き合う課題

2014年11月号

ホールセールソリューション企画部 上級研究員 三井千絵

日本版スチュワードシップ・コードの取り組みを、企業の持続的成長につなげる鍵となるのは、保有銘柄数も多く議決権行使やガバナンスを中心とした対話を重視する運用会社が、いかにその質的向上を実現できるかにあると言える。

 スチュワードシップ・コード(以下、SSC)の受入れを表明した機関投資家は、2014年8月末現在160社となった。これを公表する際、金融庁は、SSCの対応において「形式主義」にならないように、という機関投資家向けのメッセージ(※1)を同時に発表している。一部の運用会社で、SSC対応の「ひな形」を求めたり、これまでの議決権行使においても形式的な評価であるbox-ticking approach(※2)が見受けられるという認識から、“企業の持続的成長への投資家の関与”としてふさわしい対応を求めたものだ。

 SSCは様々な機関投資家が受入れを表明したが、上記の懸念は主に多くの銘柄を対象に長期保有を行い、議決権行使や、ガバナンスを中心とした対話に重き置く資産運用会社(※3)に向けられているとみることができる。しかし、このような運用会社は、投資先企業の成長のために議決権行使や対話の高度化を試みたくても、なかなか実現しにくい様々な課題を抱えている。

投資先企業の情報収集に係る課題

 運用会社が抱える課題は大別して、①投資先企業の情報収集に係るものと、②運用会社間での連携に関するものの2つに分類できる。

 一つ目は、投資先企業を判断する際に必要となる情報収集が、海外に比べ著しく困難だという点である。上記のような運用会社では一般的に、投資先企業の業績やガバナンスの状況が良く経営にも問題がないとみられる場合は関与を行わない。業績の不調、経営体制の突然の変更など重要なサインが、開示情報等によるスクリーニングで抽出された会社に対してのみ面談を求めることになる。これは海外の同種の運用会社も同じである。

 スクリーニングの際に注目するものとして、ガバナンスの向上に寄与する独立取締役の質や、成長への推進役となる取締役へのインセンティブとしての報酬体系などが含まれる場合がある。その際、判断をより客観的で一貫性のあるものにするため、様々な情報を収集しようとすると、これが難しい。例えば取締役の独立性の質の判断には企業の利害関係者を特定する必要がある。企業の状況によっては積極的に説明したくないことも含めて、明確な情報を得るには、法定開示書類等から取得できることが最良である。しかし、金商法に基づく有価証券報告書と会社法による招集通知及び事業報告書では、要求されている記載内容が異なっていたりすることがある。また、法的な記載要件が明確でない部分は表現があいまいであったり省略されたりするため、情報の正確性を期すには他に記載がないか様々な開示書類を探すことになる(※4)。これらの作業にかける時間によって収集情報の質も変わり、その結果、判断の質も影響を受ける可能性がある。更に日本では、株主総会が有価証券報告書の提出より前に行われる。そのため決算日から総会日までの期間は欧米と比べ非常に短く、総会日も集中する。昨年の業績や今年の取締役の体制について情報収集の時間がほとんど取れなくなっている。box-ticking approachを避け、持続的成長のための議論を行い企業への関与の質を高めるためには、この現状を変えなければならない。しかし運用会社だけでこれを解決することは難しい。

 SSCを先に導入している英国では、企業の情報収集について大きく違う点が2つある。一つは株主総会議案が完成する前に企業は議案のドラフトを投資家に送付し、事前に意見聴取を行う。主に役員の報酬について問うケースが多いが、報酬を議論するということは経営の評価を行うことになる。第二に、株主総会は決算の発表後、決算日から4、5ヶ月後となっている。いずれも日本で取り入れることができれば、情報収集の時間を大幅に確保できる。日本でもこれらのことは、個々の企業で対応することが可能である(※5)。積極的な対応が行われれば、投資家が情報収集や行使の判断に余裕をもってあたることができるようになるだろう。

運用会社間の連携に関する課題

 議決権行使や対話を通じ、企業の成長とその結果である投資リターン拡大という効果を得るには、運用業界全体が判断のレベルを高める必要がある。2つ目の課題は、そのために運用会社同士が連携することが望ましいが、それが難しい点である。

 まず、連携が有効な理由だが、質の低い議決権行使が多くなれば企業への影響は弱まる。また、対話の回数だけを競う運用者が増えると、企業側の面談の時間配分の問題で十分な対話が阻害される。企業が運用会社ごとに対話で異なることを言い、議案完成後に当該企業の経営姿勢の問題などが表面化した場合、対話が無駄になる。

 こうした課題に対し、英国ではコレクティブ・エンゲージメント(※6)が多く用いられている。株主総会のシーズン中は毎週、40-50人の投資家で電話会議を行うケースもある。ここで共有される情報は行使の内容ではなく、企業の基本的な状況に関するものである。行使内容は話さないが、企業状況の理解については各社同じレベルに深めることが可能になる。

 残念ながら日本ではこのような連携は難しい。理由はいくつかあるが、運用銘柄を公表しない慣習もその一つと言われている。海外では公募投信でなくても運用銘柄を公開し、保有者が誰であるか明確にする制度(※7)や、自主的に開示する慣習がある。しかし企業の状況について理解を深め、業界全体で効果を向上させるためにも、投資家同士の連携は日本でも重要ではないだろうか。

SSCの成功に向けて

 上記2つ以外にもいくつか課題はある。現在、年金基金が自身の議決権行使基準での執行を運用会社に依頼することがある。運用会社が顧客の保有株数ごとに分けた行使処理を行うとすると、新たなコスト負担や企業への関与低下が生じ、悩ましい。英国では当初は自ら議決権行使を行おうとしていた年金基金が、SSC受け入れ運用会社が増えるなか、対話や議決権行使を運用会社に任せ、その成果を評価し、委託先選定にも生かせるよう工夫がなされていった。

 SSCの本来の目的である企業の持続的成長は運用会社だけでは実現できない。企業自身の積極的な対応や、運用会社自身の連携、そのために必要であれば制度面の環境整備、そして運用会社の対応の質的向上を促す年金基金による評価など、様々な取り組みが合わさってはじめて、SSCはその効果を発揮できると言える。

1) 金融庁HP より http://www.fsa.go.jp/status/stewardship/kikan.pdf
2) 外形的・機械的な手法。様々な事情を考慮せず、表面的な事柄に関する(例、社外取締役XX名、配当性向XX%等)チェックだけで、判断を行うこと。
3) 投資信託を運用し、年金基金の受託運用も行うなど、1000銘柄前後の企業に対し、議決権行使や対話を行っているケース。通常一社で一つの議決権行使方針を持ち、議決権行使専用セクションを置いている。
4) 例えば役員の独立性を確認するために、メインバンクや取引先の情報を参考にするが、昨今“メインバンク”という開示は行われない場合もあり、借入一覧など複数の資料から利害関係の大きい銀行はどこか特定を行っている。
5) 一部の企業は、英国のように株主総会の議案作成に向け、議案についての意見聴取のために運用会社を訪問している。また株主総会は、基準日等を変更することによって有価証券報告書提出の後に開催することが可能となる。
6) 投資家同士が、長期的な価値創造や企業の持続的成長のために意見を交換し、効果的なエンゲージメントをめざして協力すること。
7) 米国では一億ドル以上運用する機関投資家に四半期ごとに保有銘柄の開示を義務付けている。また、EUの年金基金は株主総会前に実質株主であることを自主的に開示している。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

三井千絵

三井千絵Chie Mitsui

金融デジタル企画一部
上級研究員
専門:企業開示

注目ワード : スチュワードシップ・コード

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