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リスク管理パラダイムの進化論

2014年10月号

ERM事業企画部 副主任コンサルタント 室井裕喜

サービスの多様化など金融機関を取り巻く環境の変化とともに事務品質の維持・向上が困難となってきている中、ある先進的な金融機関では、事故・ミスの将来リスクを可視化し未然防止につなげる事前対応型の「アクティブ」なリスク管理活動が開始された。

事務リスク管理の重要性と本邦金融機関の状況

 事務品質を向上させ、顧客に対して質の高いサービスを提供することは、本邦金融機関における極めて重要な経営課題のひとつである。金融機関の事務品質向上で最も重要な要素は、事務手続きの正確性担保であろう(※1)。個々の事務をミスなく正確に実施できるようにするために、事故・ミスの削減を目的とした事務リスク管理活動が求められている(※2)。近年ではバックオフィス事務の集約化やNISA・保険窓販といったサービスの多様化など、金融機関を取り巻く環境の変化とともにこれまでに経験のない事務も増えており、事務リスク管理活動の重要性はさらに高まっている。

 そうした中、現在、多くの金融機関における事務リスク管理の実態としては、発生した事故・ミスへの対応が主となっているのではないだろうか。どの商品のどの事務においてどのような原因により事故・ミスが発生したのか、発生した店舗において事態の把握を行い、従業員への周知徹底やチェックリストの作成などの再発防止策を実施する。また、商品や事務の統括部門では事故・ミスの全社的な発生傾向を分析し、リスクの高い商品や事務処理に対し、システム対応等のより根本的な再発防止策を打つ。しかし、いずれの対応についても事後的に対応する「パッシブ」な活動にとどまっており、発生自体を事前に抑止するには至っていないのが現状である。

事務リスク管理の先進事例

 こうした状況において、事務品質の更なる向上を目指し、事前対応型の「アクティブ」なリスク管理態勢を構築した本邦金融機関の先進的な事例を紹介したい。

<先進金融機関における予兆管理の枠組み>

 当該金融機関(以下「A社」と呼ぶ)では、社内にある様々なデータを活用し、店舗ごとに事故・ミスの前兆を体系的に捉えて未然防止につなげる「予兆管理」の枠組みが実現されている。本枠組みの構築は、自店舗の弱点を把握するためのモデルの構築、各弱点による事故・ミスを防ぐための対応の検討の2つのステップから実施された。

 まず、A社では自社内のデータを網羅的に調査・収集し、事故・ミス発生の事務の現場を定量的に分析することによって、店舗の潜在的なリスクの高まり(状態の変化)を評価する予兆モデルを構築した(図表参照)。このモデルは、社員のミスや顧客の申し出等にあらかじめ分類された社内の各種データを指標として、各店舗の潜在的なリスクの総合評価を算出する。また、各指標とその要因をあらかじめ紐づけておくことにより、要因ごとのリスクの大きさを評価し、弱点を定量的に捕捉することができる。(図表【特徴①】)

 次に、事務経験豊富な社員に対するヒアリング等に基づき、各弱点による事故・ミスを防ぐための対応ポイントを定めテンプレート化を行った。これにより、リスク管理や品質管理のスペシャリストが直感的に「危ない」と判断する、いわば「職人的な勘」を形式知化し、各要因に対する対応ポイントの提示が可能となっている。(図表【特徴②】)

<実現のポイント>

 このような試みは、多くの他金融機関が何度も行いつつも、なかなか実用化できなかったものである。よって、A社の事例はまさに事務リスク管理におけるベストプラクティスを具現化したものといえるだろう。この枠組み実現のポイントは以下の2つである。

 ひとつは、事故件数そのものを当てにいく従来の推定の発想から抜け出し、店舗経営者の観点で店舗がどのような状態にあるかを明らかにすることを意識した点だ。そのために多くの指標をモデルに取り込むことを考え、強い相関を持つ複数の指標が存在する場合にも安定した結果を得るためのモデル構築方法を採用した。一般的な手法である重回帰分析(※3)はあえて採用していない。

 もうひとつは、「SHELL(シェル)」フレームワーク(※4)を用いて、モデルを構成する指標とミスの要因、そして対応ポイントのテンプレートを結び付けている点だ。店舗のリスクを明らかにすることに留まらず、どのような対応をとればよいのか示唆することを重視しているのである。この紐づけによって、指標の値に応じて対応ポイントが提示でき、現場レベルでの具体的な予防活動が、経験の長短やスキルの有無などの個人差を極力排除した上で、検討・実施できるようになったのである。

事務リスク管理は「アクティブ」な活動へ

 事務品質こそ金融機関サービスの礎である、という顧客の期待は今後も変わるものではない。業容拡大や環境変化の中で事務品質を維持・向上させていくために、金融機関の事務リスク管理は、事故・ミス発生後の対応による「パッシブ」型から、予兆管理に軸足を置いた「アクティブ」型への進化が求められているのである。

 金融機関の業務の根幹には高い共通性があり、事故・ミスにつながる要因は異なる金融機関でもそう大きくは変わらないため、こうした汎用性を活かすことで、A社ではフィナンシャルグループ各社への共通の仕組みとしての展開を企図していると聞く。将来的には、このような「アクティブ」な事務リスク管理が本邦金融機関のスタンダードとなっていくべきだろう。

1) 事務品質向上には、個々の事務の迅速化や(顧客や従業員にとっての)簡明化などの要素も考えられる。しかし、こうした事務の効率性向上は、正確性を担保したうえで、過度に保守的な手続きを特定・改善することにより実現されるものであり、その土台にはやはり「正確性担保」がある。
2) 金融検査マニュアルでは、事務リスクとは「役職員が正確な事務を怠る、あるいは事故・不正等を起こすことにより金融機関が損失を被るリスク」のことと記載されている。
3) 重回帰分析は、強い相関を持つ複数の指標が存在する場合安定しないため、一部の指標を取り除くといった対応が必要となる。
4) SHELLは、人が業務を行う上で関連する要素としてSoftware(ソフトウェア)、Hardware(ハードウェア)、Environment(環境)、Liveware1(本人)、Liveware2(他者、組織)の5つの観点を挙げており、これらのいずれかに不備・不具合があると正常に業務が行われずミス等につながるという考え方である。医療業界や航空業界等における、ヒューマンエラー防止や原因分析で用いられている。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

室井 裕喜

室井裕喜Yuki Muroi

(出向中)

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