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日本版スチュワードシップ・コード推進に不可欠な情報環境整備

2014年4月号

金融ITソリューション企画部 上級研究員 三井千絵

日本版スチュワードシップ・コードの導入が決まった。コードの諸原則で主に求められているのは、投資先企業の状況把握、建設的な対話、議決権行使、顧客・受益者への報告である。これに対し資産運用業界はコストと効果の問題と向き合っている。

 日本版スチュワードシップ・コード(※1)(図表参照、以下コード)が2014年2月26日、金融庁主催の有識者検討会(※2)で承認された。検討会が開催された当初、資産運用業界からはコード導入について、「現状でもやれることはやっている」、「コスト対効果の問題がある」という懸念が示されていた。機関投資家が投資先企業の状況を把握し、収益向上を求め議決権を行使することの重要性に異論はないが、そのための情報収集にかかる時間やコストと効果との関係は分かりにくい。投資先企業は他の株主の行動からも影響を受けるからだ。コードの原則7では「判断を適切に行う実力を備える」ことを機関投資家に求めているが、これを十分に備えられない株主が多ければ、企業の持続的成長につながらない決議となる危険もある。このコードは、多くの機関投資家が受け入れ、株主全体で質の高い対話や議決権行使が行われてこそ効果が高まると言える。それには何が必要とされているのだろうか。

日本版スチュワードシップ・コード実現への課題

 現状では、企業の現状把握や議決権行使のための情報収集は機関投資家にとって負担が大きい。一部の投資家だけが入念な調査をもとに投資先企業と対話ができても、他の株主が理解していなければ企業価値向上の実現には結びつかない。しかし多くの株主に質の高い理解が均等に迅速に広まるような情報の供給は不足している。

 現在日本では7割の上場企業が3月末決算で、6月末に株主総会が集中する。そのため、各社の経営状況を精査し株主総会に向けて意見するのは機関投資家にとって大変な負担となる。時期の集中だけではない。株主や役員の情報、当該企業の関係者であるかどうかといった情報は、現在、多くの資産運用会社等で手入力により情報管理されている。一部の情報についてはデータ提供サービスも存在するが、非財務情報は数字を判断材料のインプットとするものと異なり文章を解釈して判断しなければならないことも多く、各社で作業を行う部分が残る。

 株主総会の招集通知が届くと、最新の情報により上述の作業を行うことになるが、関連する情報が各所に分散し、確実な情報入手が困難な場合もある。継続的に必ず入手可能な情報で判断できるようにするため議決権行使の方針を幅広く設定できない、と嘆く運用会社もある。

 機関投資家等がこのような作業を限られた時間の中で行うことから、情報が不十分で異なる結論となることも考えられる。その場合、企業への働き掛けは分散し、株主全体からの関与は質的に劣化し、投資先企業の価値向上に結び付かずコストの負担だけが残ることになる。

スチュワードシップ・コード発祥の英国の状況と対応

 本来、機関投資家は議決権行使において、議案の検討にこそ十分な時間を割くべきであり、情報収集に追われてその余裕がなくなっているとすると本末転倒と言える。同じ問題は英国にもある。投資先企業との対話や議決権行使のための情報収集の負担が大きければ、株主全体に十分に情報が行き渡らず票が割れ、対話にかける時間も減り、企業の成長への関与効果も出にくくなる。英国でのそうした課題への実務面の対応は参考にできる。

 英国では95年以降、年金法において年金基金は投資先企業に対し企業の環境や倫理、ガバナンスまで考慮した投資方針を策定し、運用を委託する場合は委託先がそれに基づいて運用を行っているか監視することが求められてきた。コード導入の広がりと共に当初は自ら議決権行使に取り組んだ小型の年金基金は、徐々に情報収集力と対話能力の高い運用会社へ議決権行使を委託し、それを監視する役割に徹するケースが増えたという(※3)。議決権行使を行う機関投資家の多くは、基礎的な情報収集作業を外部サービスにアウトソースし、海外株など自らヒアリングできない場合はリサーチサービスを活用している。企業に代行インタビューを行い詳細なレポートを提供するサービスもある。これらのサービスにより個社のコストが軽減され全体効率化されるだけでなく、本来実施すべき深い分析や企業との対話により時間を割くことができる。またオーバーレイという新しいサービスもある。自ら資産を運用し対話や議決権行使に力をいれている機関投資家が、他の投資家の議決権行使や対話を助けるもので、12年は利用者が前年比1.5倍に増加している(※4)。

効果の実現に求められる情報インフラの環境整備

 コード導入を巡り実施された半年間の検討会等の議論を経て、資産運用業界では「この機会に社内の情報インフラを刷新し、対応しやすくしなければ」という声が出てくるようになった。しかし基礎的な情報収集を容易に行い、機関投資家と企業の対話の時間を確保するような環境は、本来業界全体で整備を行う必要がある。

 金融庁では2014年より、EDINETに提出される有価証券報告書や臨時報告書などの書式を全文XBRL(※5)とする対応を行っている。このコード導入の議論が始まってから、「臨時報告書の株主総会決議結果はすべてデータで取得できるのだろうか」といった関心も寄せられている。コード導入にあわせ、定量分析やシステム的な判定ができるよう、例えば、数値以外の情報の数量的な記載や識別子の付与といった、データ化に向いた表記の導入などに取り組むことが考えられる(※6)。XBRLの機能には英語名称があり、外国人投資家も同じタイミングで情報を取得し、内容を把握することができる。開示と同時に全株主に情報が渡りやすくなれば、議決権行使に向けた検討時間確保とその質的向上の一助となるだろう。また株主総会招集通知も、作成と同時にEDINET登録を可能とし、PDFだけでなくXBRLでも受け付けてはどうだろうか(※7)。機関投資家の利便性が高まることに加え、リサーチ会社等もサービスを拡充しやすくなる可能性がある。

 現在は支援サービス業にとっても情報収集は作業時間の制約とともにコストの壁が高い。まずは金融庁などの情報インフラが整備されれば、それらの活性化も期待できる。機関投資家が企業価値向上に向けた本質的な検討・議論ができるよう、情報開示に係る環境改善への取り組みは、最も優先されるべきと言える。

1) スチュワードシップ・コードとは、機関投資家が、顧客・受益者と投資先企業の双方を視野に入れ、機関投資家としての責任を果たすに当たり有用と考えられる諸原則を定めるもの。(金融庁HPより抜粋)
2) 正式名称は「日本版スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会」。
3) 英国年金関連機関のコーポレートガバナンス担当者に対するヒアリングより。
4) Adherence to the FRC’s stewardship code at 30 September 2013(Investment Management Association発行)より。調査対象で2011年の6%から2012年は9%と伸びている。
5) 金融庁は2008年から有価証券報告書等の財務諸表本表をXBRL(eXtensible Business Reporting Language)で提出するよう義務化したが、2013年9月のシステム更改より大量保有報告書や臨時報告書などを含む64様式を対象とし、非財務情報を含む全文をXBRL書式で提出するよう義務付けた。これによって開示府令等が求める全ての項目が記載されているかどうかシステム的にチェックすることができる。
6) 現在は、XBRLで編集されていても非財務的な情報についてはデータとして扱うことができる部分は限られている。より利便性の高いデータとするには、例えば、有報に記載される役員名のローマ字化、統一コードの付与などが想定される。これらの情報が有報等に記載されることで、役員の兼務状況等を効率的に把握することができるようになる。
7) 現在は株主総会議案は、有価証券報告書提出以降、PDFの添付ファイルとしてEDINETに提出される。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

三井千絵

三井千絵Chie Mitsui

金融デジタル企画一部
上級研究員
専門:企業開示

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