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金融市場インフラとして存在感を高めるロンドン証券取引所

2014年3月号

資産運用ソリューション企画部 主任コンサルタント 池田雅史

大手取引所が伸び悩む中、ロンドン証券取引所の業績は堅調に推移している。同社の業容拡大は、従来型の株式取引所から金融市場インフラへという、事業モデルの再定義の結果とも言える。

 取引所集中義務の撤廃、他の取引の場との競争激化に起因する伝統的な証券取引所の伸び悩みは海外では長らく指摘されてきた。昨年11月には、現物株式取引所の代表格とも言えるNYSE Euronextが、設立10年程度の米系新興デリバティブ取引所ICE(Intercontinental Exchange)に買収された。

 それでは、伝統的な証券取引所の行方はいかなるものであろうか。その将来像を考える上で、ロンドン証券取引所(以下、LSE)の取り組みは注目に値する。同社は、ここ数年、競合・規制環境変化の波を上手く乗り越え、金融市場インフラとしての存在感を大いに高めてきた。背景には、自国株式の取引・上場事業という従来型のビジネスのみでは、勃興する他の取引の場との価格競争により収益が伸び悩むという危機感があったとも推察される。本稿では、事業拡大に向けた同社の取り組みを、取扱商品の拡充と、ポストトレード機能の提供という2つの側面から考察したい。そこには、事業の川下展開ともいうべき新たな構図が浮かび上がる。

取扱商品の拡大:債券・デリバティブ、汎欧州主要株式へ展開

 図表1は、欧米主要取引所の収益を2009年と2012年で比較したものである。NYSE Euronext、ドイツ取引所といった大手が伸び悩む中、規模は劣るものの、LSEの収益はICEに次いで、際立って拡大していることが分かる。

 同社の事業拡大のきっかけは、2007年10月のイタリア取引所グループの買収に遡る。2000年代半ば、LSEは、米国・大陸欧州勢からの買収攻勢に晒されていたが(※1)、同グループの買収により一転、大陸欧州での事業機会を獲得、収入源の地理的拡大につなげた。

 イタリア取引所グループの買収により、LSEは、債券・デリバティブ等、現物株式以外の資産についても強化できた。同グループは、債券ではMTS、デリバティブではIDEMという、欧州証券取引ではそれぞれ主要となるプラットフォームを保有していた。これらプラットフォームの獲得により、LSEはより幅広い商品の取引機会を提供できることとなった。

 また、LSEは2010年2月、MTF(※2)大手のTurquoiseを買収する。Turquoiseは、大手投資銀行グループにより立ち上げられたMTFだが、金融危機の余波を受け、株式持ち分の一部が手放されたのを取得したのである。この背景には、LSEがMTF・ダークプールの台頭に悩まされていたことがある。これらは取引所集中義務の撤廃、最良執行などを柱としたMiFID(※3)により発達した新たな取引の場で、低コストや執行スピードの速さなどを売りに、従来取引所が得ていたオーダーを奪取し、存在感を高めていた。

 MTFでは、ドイツ・フランス等欧州各国の流動性の高い株式を1つの場で売買することができる。Turquoise買収により、LSEは、取引の場としての存在感を復活させることとともに、欧州主要株式を新たな商品ラインナップに加えることが可能となった。

提供機能:ポストトレード機能の獲得

 LSEは従前、清算、保管・決済といったポストトレードについては限られた機能しか持っていなかった。一方、イタリア取引所グループは、清算機関としてCC&G、保管・決済機関としてMonte Titoliをそれぞれ保有していた。同グループの買収により、LSEはイタリア取引所で売買される金融商品につき、ポストトレード機能を獲得することとなる。

 他の取引の場との競合が激化する取引・上場事業と比べて、ポストトレード事業は競争相手が少ない(※4)。また、欧州では証拠金の運用により金利収入を得ることも一般的である。LSEの収益内訳を見ると、清算事業の収益が着実に拡大していることが分かる(図表2)。

 清算機能を巡る事業機会は、デリバティブの清算集中等広がりを見せている。クレジット商品一巡後、清算集中の流れは金利商品へ移っており、金利スワップの清算高は急拡大している。こうした中、LSEは昨年5月、清算機関最大手であるLCH.Clearnet(以下、LCH)を買収した(※5)。同社の買収には、イタリア取引所グループ買収で得たポストトレードに関する知見が大いに活かされたと思われる。LCHは欧州の他、米国・アジアでも事業を展開しており、株式・債券・デリバティブ等多様な商品の清算機能を有する。買収によりLSEは、清算においても幅広い商品について事業機会を得たことになる。

 

 LSEの経営陣は、自社の戦略について、英国株式への過度の依存からの脱却、事業の多角化、世界をリードする金融市場インフラを目指す等、踏み込んだ見解を打ち出している(※6)。実際、本稿で示した通り、取扱商品の拡張に加え、自国市場では展開が難しかったポストトレード業務を、イタリア取引所グループでの経験を基にしたLCHの買収により拡充し、業容を拡大させている(※7)。それは、「従来型の株式取引所から金融市場インフラへ」という、事業モデルの再定義とも言える。同社CEOは金融機関の出身ということもあり(※8)、既存の発想に捉われない施策が可能であったとも推察される。

 LSEの事業拡大戦略は、強力な外部成長に裏打ちされたものである。しかし、伝統的な事業領域に留まらず、新たな商品・機能を提供することで市場インフラとしての付加価値を積極的に高めようとする様は、証券取引所ビジネスの今後を展望する上で大いに示唆に富むと言えよう。

1) 例としては、2004年末のドイツ取引所、その直後のEuronext からの買収提案、2005年末のマッコーリー、2006年3月のナスダックなどが挙げられる。
2) MTF とはMultilateral Trading Facilities の略。直訳すると「多角的取引施設」となるが、米国のATS(Alternative Trading System、代替取引システム)、ECN(Electronic Communications Network、電子商取引ネットワーク)等と合わせ広くは「代替執行市場」と称される。証券会社の付け合わせにより約定がなされるダークプールもこれに含まれる。
3) MiFIDとは、「Markets in Financial Instrument Directive」、金融商品市場指令の意。2007年11月に発効となった。
4) 欧州の主な清算機関としては、本稿で挙げたLCH.Clearnet の他、EuroCCP、EurexClearing などがある。
5) 出資比率は57.8%。なお、前段で述べたTurquoiseに対する出資比率は60%。
6) 2011年度アニュアルレポートにおける会長ステートメント等より。
7) その他取扱商品強化に関する同社の取り組みとしては、マーケット情報事業の強化も挙げられる。具体的には、メディア大手Financial Times社と共同で運営していたインデックス会社FTSEを、2011年12月に完全買収した。図表2にあるように、収益の柱の1つとなっている。
8) 現在のCEOであるXavier Rolet氏は旧リーマン・ブラザーズの出身で現職には2009年に就任した。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

Writer’s Profile

池田 雅史

池田雅史Masashi Ikeda

金融デジタル企画一部
主任研究員
専門:規制・金融機関動向分析

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