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「貯蓄から投資へ」の本格実現に向けた必要条件

2014年2月号

NRIアメリカ 金融サービス調査部門長 吉永高士

米国主要証券会社が90年代後半から本格実践してきた「資産管理型営業」では、顧客の人生のゴール実現手段として中長期分散投資資産へ個人金融資産を呼び込むことに成功してきた。日本への応用に際して懸念される個人投資家のビヘイビアやカルチャーの違いも絶対に超えられない壁ではない。

商品の魅力を「語る」のではなく顧客の話を「聞く」

 米国の対面証券会社やプライベートバンクでは90年代後半以降に「資産管理型営業(※1)」(ウエルスマネジメント)と呼ぶ顧客対応アプローチを本格実践してきた。これは投資商品販売の担い手である金融機関の営業員が顧客の人生のゴール(目標)の実現に向け伴走し、その実行手段として一任運用中心の中長期分散投資を使いこなすことを基本とする。そのプロセスは主に、①顧客ゴールの包括的特定、②ゴール実現シナリオの設定(ゴールの調整、運用方針調整、積立・取崩し計画策定等)、③実行手段の提案(ファンドラップやSMA等の残高連動手数料による一任運用中心)、④レビュー(定期・随時にゴールへの進捗確認や追加ゴール設定、既存ゴール修正等を実施)、の継続的な循環により構成される(※2)。

 これは、個別の投資商品や銘柄の魅力や妙味を営業員が熱心に説明し売買を起こすことで委託手数料をもらう従前の伝統的証券ビジネスとは対照的に、顧客の話を聞きながらゴールの特定と実現を支援することを付加価値として残高連動(フィー型)手数料を時間経過とともにもらい続けるものである。ここでいうゴールとは、「○億円貯める」ことや「元手を○倍にする」ことではなく、「ベンチマークに勝つ」ことでもない。一義的には顧客が自分や家族(および社会)のために「生前に何をしておきたいか」を明確化したものがゴールである。ゴールの対象分野は老後の生活資金や大口支出にとどまらず、数世代先の子孫にまでまたがる相続や税務、学資、慈善活動など様々だが、自分が生前に成し遂げたい目標が頭の中にすでに整理され他人にもスラスラ語れる人は米国にも多くはない。証券営業員やプライベートバンカーらが顧客(通常は夫婦や家族単位)に語らせながら、顧客自身ですら漠然と意識していなかったものをも含め、潜在的ゴールを切り出していくことに資産管理型営業の起点がある。

 荒削りな段階での潜在的ゴールは非現実的なものであったり、実現性においても相互にトレードオフの関係になりがちである。これらを担当営業員がプランニングツールのシミュレーション機能も使いこなしつつ、ゴールのプライオリティ付けや水準調整を行いゴールの全体最適や精緻化を支援する。実現に向けたシナリオの設定で考慮すべきは、単に「積極」「中庸」「保守」といった運用方針のリスク許容度のみならず、「○才で引退したい」「引退後にこんな生活水準を維持したい」というライフスタイルや生き様そのものにまで及ぶ。また、これらのゴールは静態的なものではなく、顧客や家族・親族の状況変化やライフイベントに応じた追加や修正が必要である。定期・随時のレビュー時には担当営業員が顧客との会話から追加的なゴールを掴みクロスセル機会としていく。

リテール証券事業の商号となった「資産管理型営業」

 資産管理型営業における「投資」とは、アセットアロケーションに基づく「中長期分散投資」のことを指し、銘柄選択も重視しつつ短期売買による妙味の追求も辞さない「投機」は含まれない(※3)。投機は運用のアプローチの1つに過ぎないしそれ自体は善でも悪でもない。それでもそれが排除されているのは、資産がゴール実現に向け紐付けられている以上、ポジションに一定の予見性を持たせ、かつ損失リスクも限定する(中長期的に損をさせにくくする)必要があるためである。また、顧客ゴール実現のために営業員が時間を充当する一方で売買は資産配分の一部のリバランスを中心とすることから、時間経過とともに残高連動手数料を徴収するファンドラップ等のフィー型契約資産の方が実行手段としての親和性は高くなる。

 90年代後半から資産管理型営業にいち早く着手してきた米国の大手・中堅総合証券会社では、いまやフィー型契約資産の預り資産に占める割合が3割前後に達し、なおも拡大中である(※4)。より注目すべきは、預り資産の3割を占めるこれらフィー型契約資産がこれら証券会社ですでに手数料収入の約7割を稼ぎ出していることである。彼らの預り資産に対する手数料収入の比率はコミッション型の証券口座資産では0.3%以下にとどまるのに対し、フィー型契約資産では1~1.5%程度を安定的に維持しており、手数料引下げ競争とは一線を画している。

 米国ではメリルリンチやモルガンスタンレーら大手を含む対面証券会社が2000年代から最近までにリテール部門名称やブランド名を「○○ウエルスマネジメント」に相次いで転換し(※5)、この動きはさらに拡大中である。「資産管理型営業」が商号にまでなったことは、彼らのポジショニング転換の進捗と成功を象徴的に示すものだ。

日本で「貯蓄から投資へ」が本格実現する必要条件

 米国資産管理型営業の日本への応用可能性を語るときに、しばしば指摘されてきた深刻な課題は、①右肩下がりの株式相場と、②日本人と米国人とのビヘイビアやカルチャーの違い、の2つである。

 右肩下がりの株価はさらに、(a)縦軸を株価とし横軸をリスクとする資本資産評価モデル(CAPM)上と、(b)横軸を時間とする時系列チャート上の2種がある。前者は中長期分散投資で株を組み入れれば入れるほど損をして預金で持っていれば一番得する(損をしない)という、まさにデフレ状況そのものであり、国際分散投資も自国通貨高で減価する。(b)のケースでも、短期的には投機的売買で利益が出る可能性はあるが、国内株主体の中長期分散投資でのゴール実現は不可能である。したがって、日本で「貯蓄から投資へ」が謳われて以降も、退職準備等の資産形成を目的とする金融資産が預金に滞留し中長期投資証券資産へシフトしなかったのは至極当然であった。しかし、アベノミクス以降の実質金利低下により成長国株式も組み込んだグローバル中長期分散投資によるゴール実現の有効性は高まったのではないか。

 一方、ビヘイビアやカルチャーについては「身の丈にあった暮らしをよしとする日本人はゴールを語らないし、そもそも何がやりたいとか考えない」との声があるのは事実だ。しかし、米国でも15年以上前には「顧客にゴールを聞くなどむずかしい」といった声が証券営業員のなかでも聞かれた。個人投資家のビヘイビアやカルチャーを変えてきた最大のドライバーは証券会社や金融機関とその営業員の意思と努力である。課題は課題として認識しつつ、「どうしたら実現できるか」を徹底追求する意思と行動こそが日本の資産管理型営業の実現と、その先にある「貯蓄から投資へ」本格普及への必要条件となる、といったら楽観的にすぎるのだろうか。

1) 米国で90年代後半以降から現在に至り「資産管理型営業」と呼ばれるものは、顧客ゴールの紐付けがあるという点で、かつて日本で90年代に謳われた「預り資産営業」とは異なるとされる。
2) 米国の対面証券会社によっては資産管理型営業のプロセスを5~8段階のステップに分けて説明しているケースもあるが、中味はほぼ同一であり、会社間の本質的な違いはまったくない。
3) 米国でも投機自体の妙味や意義や機能はまったく否定されているわけではないが、資産管理型営業における「保守」「中庸」「積極」といったリスク許容度で区分される中長期分散投資の運用アプローチとは異なる投資資産のレイヤーとして位置づけられており、分散投資のサテライト資産の一部として投機的資産も組み込むといったかたちでの利用が一般的。
4) フィー型契約資産は70年代後半に米国証券会社でも広範な個人投資家向けに初めて導入されたが、当初20年間程度はコミッション型ビジネスに比べて資産収益率(Revenues on Assets)上は中立的な手数料徴収手段のバリエーションとしての側面が強く、先行した大手総合証券ですら預り資産に対する比率は90年代前半時点で5%以下にとどまった。米国でも顧客ゴールに紐付けられた資産の運用手段としての意味が本格的に広がり始めたのは1999年とされる。
5) 4大証券会社ではメリルリンチ、モルガンスタンレー、UBS が個人部門名称をウエルスマネジメントにすでに改称。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

Yoshinaga

吉永高士Takashi Yoshinaga

NRIアメリカ
金融・IT研究部門長
専門:米国金融経営調査

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注目ワード : 資産管理型営業

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