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保険オペレーショナルリスクの試算から得られる示唆

2014年2月号

ERM事業企画部 上級研究員 小林孝明

本邦生損保会社において、2016年以降、欧米と同等の新たな資本規制が開始される方向性が見えてきた。そこで、保険会社におけるオペレーショナルリスク量を、金融庁が公開している地銀向けの計量モデルを応用して試算したところ、さまざまな示唆がえられた。

 2013年10月に保険監督者国際機構(IAIS)(※1)による『保険会社の経営の健全性を確保するための新しい資本規制』の国際適用方針が公表された。2016年までに規制要件が固められ、2年間の試験運用を経て2019年に規制開始という計画とされている。

 本邦生損保会社においては、このスケジュールを見据え、リスク管理態勢の高度化を検討している最中かと思われる。しかし、オペレーショナルリスク(以下オペリスク)の内部モデル検討については、他のリスクカテゴリーにおける内部モデル検討の進捗と比較して、圧倒的に遅れている状況(※2)ではないだろうか。

 その理由として、先行した銀行バーゼル規制での対応経験から、オペリスクの内部モデルは構築に当たって技術的ハードルが高いことや、シナリオ(※3)やRCSA(※4)の導入など、モデル構築より優先して解決すべき課題が山積していることが明らかになったからであろう。

 これらシナリオやRCSAの導入にあたっては、組織のオペリスク量を試算しながら作業を進めることが望ましい。しかし、その検証負荷は膨大なものである。そこで、より簡便にオペリスク量を試算できる手法がないかと考え、金融庁が公開している地銀向けの『オペリスクの簡易な計算式』(※5)(以下金融庁モデル)を、生命保険会社向けに適用する応用研究を行った。

金融庁モデルの保険会社への適用のポイント

 1)損失データプロファイルの相似性条件

 金融庁モデルでは、多数の地銀から発生した損失データを束ね、あたかも1つの巨大仮想銀行から発生した損失データとみなしてモデリングしている。損失データの観測期間は1行あたり3年程度であるため、束ねることにより延べ50年相当分のデータを収集し続けたと同等と仮定されている。

 今回の応用研究では、試算対象の保険会社の損失データプロファイルが巨大仮想銀行のプロファイル(※6)と相似性を持つ場合に、金融庁モデルを保険会社へ適用することが可能になると定義した。そこで、当該保険会社が蓄積している損失データに対して以下の手順でデータ補完を施し、この相似条件を満たせるかを探った。

 まず、当該保険会社では少数の損失データしか蓄積できていないことから、今後も全く同じ損失事象が発生すると仮定し、仮想的に蓄積データを増加させた。その結果、将来24年間にわたって同じデータを蓄積し続けた場合に、少~中損失金額帯域のデータプロファイルが相似条件を満たすことが分かった。(論点1)

 日常業務から発生する可能性のある事務事故・ミスに関しては、シナリオがすべて顕在化したと仮定して、中~高損失金額帯域のデータを補完した。これで全体のデータプロファイルの相似性を満たすことができた。(論点2)

 さらに、金融庁モデルでは銀行バーゼル規制に合わせて信頼区間を99.9%としているが、これをIAIS基準に準拠した99.5%へ修正するなど、モデルのパラメータを調整し、保険会社向けのモデルとして改変した。

 2)金融庁モデルによるリスク量の試算結果

 以上のような調整を施した“調整後金融庁モデル”を利用して、保険会社のオペリスク量を試算したところ、興味深い結果が得られた。欧州保険・年金監督機構(EIOPA)(※7)が実施した「第5回定量的影響度調査(QIS5)」に採用されている掛目方式(※8)で算出した値を100として比較検証した結果、“調整後金融庁モデル”試算値は99.9となり、掛目方式とほぼ同値のリスク量となったのである。

 もちろん、この定量的な一致には慎重な分析が必要であるが、さらに、考慮しなければならない定性的な課題もある。まず前出の論点2による影響である。今回はデータ補完のためにシナリオを投入したため、中~高損失金額帯域が厚くなり、全体のリスク量を過大評価している可能性がある。

 また、保険の業務特性の勘案が不足している点もあげられる。たとえば、金融庁モデルでは、計算結果の安定性や多数の地銀への汎用性を考慮して、投入するデータの下限に制限値を設けている。その値は業務の特性から決定づけられるため、保険会社では地銀とは異なった制限値が必要と思われる。一例をあげると、保険会社では窓口での金銭授受など小口現金を扱う業務が地銀と比較して圧倒的に少ないため、損失発生時の金額がやや高額域への歪みを持つことが観測されている。

 今回は検証データが少ないため、このような業務特性をモデルに反映するまでは至っていないが、金融庁モデルを利用する上では大きな論点の一つとなるであろう。

保険業界の標準ベンチマークモデルとしての可能性

 以上の通り、考慮すべき点はいくつか残っているものの、参考値として試算するなら、計算負荷の割りに得られる情報量は多い。そこで、更により有益な情報を得るための提言をしたい。

 前出の論点1では「保険会社24年間分に相当するデータがあれば金融庁モデルが適用できる」という示唆が得られた。今、4つの保険会社が、統一の基準で損失データの収集を開始したとする。冒頭で述べた『新しい資本規制』が日本でも2019年から適用開始されるとする。今年度(2013年度)から規制開始まで6年分のデータ蓄積を実現できたとしたら、ちょうど4社×6年=24年相当になる。つまり、2019年の規制開始時点から、相当に有益で簡便な「業界標準のベンチマーク」として、オペリスク計量モデルが運用できることになる。

 銀行バーゼル規制では、先進的な少数の大手銀行が独自にモデル計量技術を発展させざるを得ない側面が強かったため、業界全体としての計量モデルの標準化までには至らなかった。しかし、今、発展の緒に就いたばかりの保険業界であれば、“オペリスク計量モデルの業界標準ベンチマーク化”が実現できるかもしれない、と期待に胸が膨らむのは、私だけではないだろう。

1) International Association of Insurance Supervisorsの略。http://www.iaisweb.org/
2) 「経済価値ベースのソルベンシー規制の導入に係るフィールドテスト結果概要」(平成23年5月24日、金融庁)に書かれているリスクカテゴリー別の内部モデル採用率によると、オペリスクの内部モデル採用率は全体の約3割と、他のリスクカテゴリーの平均である61.2%と比較して圧倒的に少ない。http://www.fsa.go.jp/news/22/hoken/20110524-1/01.pdf
3) バーゼル規制では、未発生だが将来発生する可能性のある事象につき、その影響額/発生可能性をシナリオとして管理し、潜在リスクへ備えるよう要請している。
4) Risk Control Self Assessmentの略。社内に存在するリスクを把握し、適切に牽制されているかを管理する手法として、広く認知されている。
5) 「邦銀18行のオペレーショナルリスク損失データの分布形状の共通性とそれを利用した簡易な計算式について」(平成23年5月、金融庁)。http://www.fsa.go.jp/frtc/report/honbun/2011/20110520.pdf
6) 損失データプロファイルについては、「オペレーショナルリスク関連データに関する調査結果」(2007年8月10日、金融庁・日銀)を参照した。https://www.boj.or.jp/research/brp/ron_2007/ron0708b.htm
7) European Insurance and Occupational Pensions Authorityの略。http://eiopa.europa.eu/
8) QIS5では、オペリスク量を収益や技術的準備金に対する掛目で簡易計算している。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

小林 孝明

小林孝明Takaaki Kobayashi

金融デジタル企画一部
上級研究員
専門:リスク経営管理、規制動向調査・分析

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