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ベトナムにおける銀行セーフティネットの整備

2013年10月号

金融コンサルティング部 上級コンサルタント 鶴谷学

ベトナムでは銀行の不良債権処理と再生が進められている。健全な銀行システムの確立に向け、市場原理を補完するセーフティネットの確立が急務である。

銀行が信頼されない

 中間層が台頭し、消費市場としての魅力にも注目が集まるASEAN諸国では、中間層からの安定的な貯蓄を吸収して、生産性向上に資する投資に結び付ける金融仲介システムの整備が重要となっている。特に中所得国の仲間入りをし、さらに発展を加速させようとするステージにあるベトナムなどの国々では、まず健全な銀行システムの確立が望まれる。

 ところが、日本の高度成長期とは異なり、銀行が信頼されて貯蓄の受け皿の主役になることは、意外に一筋縄ではいかない。かつて日本では、①いわゆる護送船団方式によって弱小銀行を保護する規制が行われたこと、②銀行サービスが行き届かない中小事業者や消費者に対しては政策金融等の仕組みで一貫して支援が行われたこと、③政府が決めた「官制イールドカーブ」に従って安定的な収益環境が維持されたこと、などによって、銀行に対する信頼が培われ、経済成長に有効な投資に対する中心的な資金源となっていた。これに対して、現在のグローバル環境の下で銀行システムの発展を図るベトナムのような国では、銀行といえども、市場原理を基本とした自由競争の下にあり、同時に、原則として国際的に標準化された監督・規制に依拠することも求められている。

 ベトナムでも、都市部では所得水準の高い中間層が増えているが、銀行は預金獲得には苦労しており、特に、物価が高騰して金融引き締め政策が採られるような局面では、激烈な金利競争を展開する傾向がある。預金者は、銀行に対する信頼感が乏しく、また至急の資金ニーズに備える観点もあり、3カ月程度の非常に短期の預金を選好する傾向がある。このため、銀行としては満期がくる預金の補充に常に注意を払う必要がある。さらに言えば、そもそも中間層は、預金よりもむしろ不動産や乗用車・二輪車といった実物資産への投資、家族や友人の経営する事業への出資や個人的な融資を優先する傾向がある。銀行が必ずしも信頼を得ていない中では、実物資産や家業への投資の方がリスクと見合った相応のリターンが期待できるとの認識があるためである。

 資金調達面の脆弱性は融資の供給能力にも影響し、銀行は、特に長期の投資向け融資は、流動性リスクの観点から後ろ向きにならざるを得ない。加えて、信頼できるイールドカーブが存在しないため、長期の変動金利融資の基準となる客観的な指標がなく、長期融資を受けられたとしても、借り手は金利変動リスクに対して躊躇する場合も少なくない。

金融危機の中で銀行再編を急ぐ

 ベトナムは、1986年のドイモイ以降、市場経済化を進め、高い経済成長を遂げてきた。この間銀行は、国有銀行を中核とし、民間銀行の新規設立も相次ぎ、融資残高を積み上げてきた。こうしたところへ、2008年、2011年には物価高騰とこれに伴う急激な金融引き締め策が取られたことから、資産価格の下落や企業倒産の増加に伴って、不良債権の増大が引き起こされた。

2012年には、大手銀行経営者のスキャンダルもあり、預金者の不安が高まった時期もあった。こうした事態をうけて、政府は、2012年3月に、銀行システム改革スキーム2011年〜2015年(以下、「改革計画」という)を発表した。改革計画では、民間銀行は、「健全」、「一時的な流動性不足」、「脆弱」の3グループに分類され、特に、「脆弱」とされた銀行は、合併・買収を通じて健全化を目指すとされ、最終的には強制的な合併・買収や、国有化(ベトナム国家銀行による資本参加)が行われる。

 また2013年7月には、銀行からの資産買い取りを行う、ベトナム銀行資産管理会社(VAMC)が設置された。ただ業務内容をみると、銀行は不良債権をVMACに5年間の時限つきで売却するもので、5年間という時間を買ったに過ぎない。すなわち、この間に、信頼される銀行システムを確立しなければならない。

信頼確立に不可欠な預金保険制度

 ベトナムでは、銀行システムがすでに原則として市場原理の下にあるため、銀行システムの信頼は、有効なセーフティネットの仕組みを確立できるかどうかに左右される。セーフティネットは、多くの国で、銀行の経営悪化を未然に防ぐ銀行監督・検査と、破たんした場合でも預金者の預金を保護する、預金保険の仕組みによって構成されている(一般預金者は、情報の非対称性が大きいため保護されるべきとの認識が浸透している)。

 ベトナムの預金保険制度は、1999年の政令89号、2005年の政令109号によって業務の範囲等が定められ、預金保険機構は、預金保険料の徴収・管理、保険金の支払いだけではなく、銀行の検査や、流動性危機の際の資金援助、破たん時における処理への参画等、国際的にみても比較的幅広い業務範囲をカバーすることが想定されていた。しかし、2012年6月に発布された預金保険法では、たとえば資金援助業務が規定されていないことや、破たん処理における具体的な役割の明記が見送られる等、業務範囲としては後退した印象がある。見方を変えれば、現在は金融危機時であり、緊急避難措置としてベトナム国家銀行に権限を集中させる措置であるともいえよう(※1)。

平時のセーフティネット確立に向けて

 銀行の不良債権を集中的に処理しなければならない局面では、セーフティネット制度では対応できないため、特別な措置(預金の全額保護や新たな財源の確保等)が採られることは、日本や他の諸国でも経験してきたことである。ただし、財政資金による銀行救済には限界があり、早期に「平時」のセーフティネットの仕組みへと移行する必要がある。平時では、①自律的に破たん処理への対処が可能な預金保険基金を維持し預金者の保護と自己責任原則を徹底する、②健全性が劣化しそうな銀行に対する早期是正措置を厳格に運用する、③システミックリスク(銀行システム全体の信頼が損なわれそうな状態)に対しては、自律性の原則を超えて政府が直接支援に乗り出す場合の基準を決める、といった制度の確立と運用が必要である。ベトナムでも、現在は十分とは言えない預金保険限度額の引き上げや(※2)、銀行のリスクに応じた複数保険料率の設定、預金保険基金の目標額の設定による政府支援とのすみ分けの明示化などが課題である。

1) 改革計画の中では、小規模な人民信用金庫に関する対応策においては、預金保険の支払いによる破たん処理が明記されているが、銀行等にはそうした記載はなく、事実上、銀行については預金者に損失を求めない方針と読めなくもない。
2) ベトナムの預金保険の限度額は現在5千万ドン(約25万円)と、2005年以降据え置かれたままであるが、預金保険機構は、所得水準の上昇や金融危機への対応のため、2億ドン(約100万円)への引き上げを政府に対して提案している。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

鶴谷 学

鶴谷学Manabu Tsurutani

金融コンサルティング部
上級コンサルタント
専門:アジアの銀行・金融市場、中小企業金融

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