1. HOME
  2. 刊行物
  3. 金融ITフォーカス
  4. カテゴリから探す
  5. リスク管理
  6. 保険ERMを高度化させるシミュレーション技術

保険ERMを高度化させるシミュレーション技術

2013年8月号

ERM事業企画部 副主任コンサルタント 猪野淳一朗

ソルベンシー規制強化が国際的に進む中、本邦の保険会社においても統合的リスク管理の強化に取り組んでいる。新しいシミュレーション技術がリスク計量の高速化を強力に進化させる要素になっている。

保険ERM高度化への潮流

 金融庁は保険会社の統合的リスク管理(ERM(※1))の一環として、経営健全性を判断するための指標である「ソルベンシーマージン比率」を導入している。この指標は、保険会社の保有する「リスク量の1/2」に対して支払余力である「マージン額」がどれだけあるかの比率を表しており、200%以上に保つよう指導されている。しかし2008年のリーマンショックの際には、この比率が200%を超える生命保険会社が破綻したことにより、健全性の指標として十分に機能していないという問題が明らかになった。

 ソルベンシーマージン比率で使用されるリスク量は、図表1のリスク項目ごとに決められたリスク係数と財務諸表上の数値等を単純に掛け合わせ、合算して求められる。上述の問題の原因の一つは、このリスク係数が過小評価されていたことであった。金融庁はリスク係数の過小評価を解消するため2010年4月にリスク係数の厳格化を決定し、2012年3月末から新しい係数を用いたソルベンシーマージン比率の基準が導入された。

  一方、リスク量の評価方法そのものが不十分であったとの認識から、経済価値ベースのソルベンシー規制を将来的に導入することを金融庁は検討している。経済価値ベースの規制は、資産と負債を一体的に時価評価することで保険会社の財務状況を的確に把握する枠組であり、保険会社のリスク管理の高度化を促進するものである。

経済価値ベースの保険負債の計算と課題

 経済価値ベースの評価では、保険負債も将来キャッシュフローに基づいて現在価値評価する必要がある。そこで金融庁は2010年、実際に経済価値ベースの保険負債等を計算するフィールドテスト(※2)を全保険会社に対して実施し、各保険会社の対応状況を把握することにした。

 後日発表されたテスト結果では、多くの保険会社が経済価値ベースの保険負債評価に意義を認めているものの、「1契約ごとの将来キャッシュフローの計算負荷」といった実務上の課題が確認された。特に生命保険会社では長期の保険契約を多く保有しているため、保険契約がすべて終了するまでの期間をキャッシュフローの推計期間とした場合、計算には大きな負荷がかかる。

 具体的な例を挙げると、100年後までのキャッシュフローを月次で確率的に発生させる場合、100万回(※3)のモンテカルロ・シミュレーションを行って保険契約価値を推定するためには12億回のキャッシュフロー計算が必要になる。資産負債の総合的リスクの計測には、1回あたりのキャッシュフロー計算ごとに、確率的に大量の運用商品からの収益と保険金支払い額を計算する。経済価値ベースの評価には精緻な計算と処理の高速化を両立させることが大きな課題であることがわかる。フィールドテストでは、計算負荷を避けるため簡便法を用いる会社も少なくなかったようだが、それでは高度なリスク管理を行うことは難しい。

保険ERM高度化に向けて

 2000年代前半、大量のリスク計算を高速に処理するために、複数のコンピュータに並列処理を行わせるグリッドコンピューティングを導入する金融機関が現れた。ただ、こうした大規模システムは導入・維持のコストが極めて高かった。

 しかし近年では、安価に大量の並列処理を行う方法として、本来画像処理などで用いられるGPU(※4)を汎用計算に応用したGPGPU(※5)が注目されている。GPUは通常の演算処理に用いられるCPUと比較すると、図表2の様にプロセッサ内に含むコア数が多いため、並列計算を高速に処理できることが特徴である。先に挙げた保険負債等の計算のためのモンテカルロ・シミュレーションでは並列計算が可能であり、このような処理にGPGPUは適している。また、VaR等の資産運用リスクのモンテカルロ・シミュレーションによる計量も並列計算が可能であり、GPGPUを利用できる場面は多い。実際に金融業界では、ある外資系証券会社で金融派生商品の価格計算にGPGPUを活用している実績(※6)がある。

 ただGPGPUの課題として、GPUプログラミング自体の困難さと、GPUの性能を最大限発揮させるように条件分岐処理を減らす等の工夫が必要になる点が挙げられる。そのため、GPGPUを利用したリスク計量システムを構築するためには、GPGPUのプログラミング技術を持ったベンダーと連携して開発を行うことが望ましい。

 このようにGPGPUは保険会社のリスク計量において多岐にわたる可用性があり、これを活用することで保険ERM高度化が加速することが期待される。

1) Enterprise Risk Managementの略称。
2) 「経済価値ベースのソルベンシー規制の導入に係るフィールドテスト」2011年5月金融庁。
3) モンテカルロ・シミュレーションは試行回数が多い程、結果が安定する。VaRの計量において誤差をどの程度許容するかということは常に問題になるが、100万回という試行回数は十分であると考えられる。
4) Graphic Processing Unitの略称、画像処理プロセッサのこと。
5) General Purpose Graphic Processing Unit の略称、画像処理プロセッサの処理能力を画像処理以外の一般的な処理でも利用すること。
6) 出典:http://www.nvidia.co.jp/object/computational_finance_jp.html

※組織名、職名は掲載当時のものです。

印刷用PDF

Writer’s Profile

猪野淳一朗Junichiro Ino

投資情報サービス開発部
主任コンサルタント
専門:リスク管理

この執筆者の他の記事

猪野淳一朗の他の記事一覧

このページを見た人はこんなページも見ています