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地震保険制度・商品設計におけるターゲット明確化の必要性

2013年4月号

リテールソリューション企画部 上級コンサルタント 野崎洋之

地震保険は、本来の目的をして「加入すべき者」が加入しておらず、「加入する必要がない者」が加入しているといった実態がある。両者に適した保険商品を開発することは困難であることから、今後の地震保険制度・商品設計においては、ターゲットを明確にした検討が必要とされる。(※1)

地震保険の目的に見合う加入者と、現在の加入者属性との乖離

 「地震保険に関する法律」で述べられている地震保険の目的(※2)を踏まえると、本来、地震保険に加入すべき者は、地震等によって損害を被った場合にその生活の安定を損なう可能性が高い者であり、例えば低所得者や貯蓄の少ない者と言える。

 しかしながら、実際には世帯年収が高い世帯ほど地震保険の加入率が高い傾向(図表1)にあり、地震保険の本来の目的をして「加入すべき者」が加入して(できて)おらず、「加入する必要がない者」が加入しているといった現状がある。地震保険を提供する側からすると、低廉な保険料率水準(※3)で消費者に加入しやすい保険商品を提供しているつもりであろうが、加入する側の危機意識から考えられる保険料率(加入者都合の保険料率)と比較したときに現行の地震保険料率が割高であること、また、火災保険と同時に加入するためその火災保険の補償内容・保険料実額と比較してしまうことから、不十分さ・割高さを感じてしまうに違いない。その結果、家計に余裕がある者の方が積極的に加入していると推察される。

図表1 世帯年収別 地震保険加入率

現在の地震保険の加入者が地震保険に求めるもの

 NRIが実施した調査では、東日本大震災から8か月が経過した時点においても、地震保険金を受け取った者の37.5%が地震保険金を「まだ使っていない」と回答しており、更に、受け取った保険金の8割以上を建物や家財、家電の修繕又は再購入費に充てている(※4)といった実態がある。言い換えると、飲食料品費や衣料費、宿泊費といった「当面の生活費」としての使用は僅かであることが明らかになった(図表2)。

図表2 地震保険金の使徒

 この結果からも現在の地震保険の加入者の多くは地震保険の目的からして「加入すべき者」ではなく、本来「加入する必要がない者」であることが確認できる。更に、加入者の多くを「中所得者」以上の者と整理することができ(※5)、彼らは地震等に被災した場合に、地震保険金がなくても借入や貯蓄等を活用することで、ある程度は当面の生活を賄うことが可能な者と推察される。

 それ故に、地震保険の加入者の多くが地震保険を火災保険と同様に、建物等の損害を補償する「財産保険」の性格を有するものと理解し、加入・活用しているのであろう。

地震保険の「目的」を検討・整理することの意味

 東北地方太平洋沖地震に端を発し、財務省では、地震保険の見直しを検討しているが、そこではまず、「制度創設当初の目的が現在においてもなお妥当であるか」について検討が行われた(※6)。この地震保険の目的は、今後の制度・商品改定の方向を示すものとして重要な意味を持つことから、専門家らは相当の議論を行ったに違いない。しかし、この目的は法律(条文)に記されているものであって、「地震保険普通保険約款」に記されているものではない。従って、消費者が保険に加入する行為の中で、この目的を目にする機会は殆どなく、加入する側は目的の如何に関わらず、その商品の補償内容と保険料から加入・非加入を判断しているはずである。また、仮に補償内容や保険料が十分に満足できるものではなったとしても、代替するものがなければ加入するはずである。

 提供する側にとっては重要な意味を持つ地震保険の目的も、加入する側には特段の制約を課すものでない限り関係のない話であり、加入する側は、その商品がどのようなものかということこそ重要と考えているであろう。

ターゲットを明確にして保険商品・制度を考える

 では、加入する側にとってよりよい制度・商品とはどのようなものであろうか。

 地震保険を火災保険と同様の「財産保険」として捉えている現在の加入者にとっては、損害の認定区分の細分化(※7)は有効な方策のひとつであり、極論すれば、火災保険と同様に「実損払い方式」を採用すべきとも言える。しかし、認定区分の細分化や実損払い方式の採用は、損害調査(※8)の手間が増え、所要時間が長くなってしまう。その結果として、地震保険の加入者にとっては地震発生から保険金を受け取るまでの期間が長期化し、被災後の「当面の生活費」として地震保険金を当てにしている者(本来「加入すべき者」)の求める制度・商品とは完全に逆行してしまう。

 そもそも現行の損害認定基準は、損害調査の負担を軽減し、迅速な保険金支払いを実現するために3区分(※9)になっているということを踏まえれば、「当面の生活費として迅速に保険金を支払う」ことと、「建物等の損害を補償するために詳細に調査し保険金を支払う」ことを1つの制度・商品で実現することは困難と言える。

 今後も引き続きの検討が想定される地震保険制度・商品の改定においては、加入する側の異なるニーズを踏まえながら、官民連携による保険制度・商品であるからこそその目的に立ち返り、被災後の「当面の生活費でさえままならない者」を対象とした発展を目指すのか、或いは財産保険として捉えている現在の加入者を対象とした発展を目指すのかを明確にして検討する必要がある。

1) 本稿は、長崎大学経済学部の大倉真人准教授とNRIの共同研究の成果として、2013年7月28日から31日にSt. John’s University(New York)で開催されるAsia Pacific Risk and Insurance Association 17th annual conferenceに寄稿した“Observationson the segmentation of earthquake insurancein Japan”をもとに作成されている。
2) 地震保険に関する法律第1条では、地震保険は「被災者の生活の安定に寄与すること」を目的としている。
3) 地震保険に関する法律第5条では、保険料率及び再保険料率について「収支が償う範囲内においてできる限り低いものでなければならない」としている。
4) 今後の使用計画を含む。
5) 佐藤主光「防災政策が個人の自助努力に与える影響」経済学的視点を導入した災害政策体系のあり方に関する研究報告書、内閣府経済社会総合研究所、2009年6月。
6) 財務省「地震保険制度に関するプロジェクトチーム報告書」2012年11月。
7) 建物全体の損害と主要構造部の損害の関係にベーシスリスクが生じないような手当てを講じることを前提とする。
8) 損害調査とは、損害保険会社が保険金を支払う為に、損害の額と支払う保険金の額を調査・算定する行為のことである。
9) 地震保険は建物については5,000万円、家財については1,000万円を上限に、地震保険が付帯されている火災保険契約の保険金額の30%から50%の範囲で契約しなくてはならない。また、全損のときには地震保険金額の全額、半損のときには50%、一部損のときには5%の保険金が支払われる(但し、時価を上限とする)。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

野崎洋之

野崎洋之Hiroyuki Nozaki

リテールソリューション企画部
上級コンサルタント
専門:リスクマネジメント、リスクファイナンス

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