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マックスウェルの悪魔が実現

2013年3月号

外園康智

温度差のない空間からエネルギーを作り出すマックスウェルの悪魔という有名な思考実験がある。

  『空気を密閉した2つの部屋RとLがある。この2つは繋がっており、その仕切りに小さな窓がある。その窓の近くには悪魔がいて、この悪魔は空気の分子の速さを観測できる。速度の速い分子がLからRに向かってくると、窓を開けてRに入れる。また遅い分子が来たらLに入れる。窓はとても軽く、開閉に必要なエネルギーは無視できるとする。

 しばらくすると悪魔の働きにより、部屋Rには速い分子(=熱量が高い)が多く入り、Lには遅い分子という状態になる。つまり、RとLの部屋に温度差が生まれる。

 熱力学には、温度差のある状態から均一の状態になるのが普通で、逆は決して起こり得ない、というエントロピー増大則(※1)があるが、悪魔は、この法則を破りエネルギーを作り出している。』

 この思考実験は1867年にマックスウェルが提起した後、多くの論争がなされてきたが、1982年に物理学者のランダウアーとベネットによって、次のような解決をみた。

 悪魔は分子を観測した際に、情報をメモリーに貯めなくてはならない。メモリーは新しい情報を貯めるためには、前の情報を消去するのだが、消去時にエネルギーを使うというのだ。つまり、悪魔が部屋の中で情報を処理するエネルギーを含めれば、エネルギーが勝手に生まれたことにはならない。

 情報とエネルギー・熱の関係は「ランダウアーの原理」(※2)と呼ばれる法則に支配されている。本物のCPUの計算でも、情報が消去される際に、熱に変わる。そして、驚くべきことに2010年に日本の大学は、マックスウェルの悪魔と同じ方法で、情報をエネルギーに変換する物理実験に成功している。そこでの目標は“情報”を媒介として駆動する超ナノデバイスの実現だという。

 情報をエネルギー(≒金)に変換する場と言えば、金融市場も挙げられるだろう。参加者が情報を用いて投資を行うと、その情報が次第に市場に反映されて、均一化して売買行動がなくなっていく様は、エントロピー増大則と同じだ。

 ところで、子供の部屋は、整理整頓された状態から、日に日に散乱されてエントロピーの高い状態になっていく。これが悪魔(=母親)の仕業で元の状態に戻ることは決してなく、悪魔に怒られて自分でかたづけるしかない。

1) エントロピー増大則は「温度差や濃度差のないところから、エネルギーを取り出すことはできない」ことを表す。
2) 正確に言うと、論理的に非可逆な計算、例えば「1+1→2」は、2つの入力に対して出力が1つなので、1ビットの情報が失われる。この失われた情報分のエネルギーが消費される。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

外園康智Yasunori Hokazono

金融デジタル企画一部
上級研究員

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