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FRBによるモーゲージ債の買入れと米国の住宅金融

2013年1月号

金融ITイノベーション研究部 部長 井上哲也

米国では、住宅市場の改善にも拘わらず、住宅金融の機能がなお不全との見方がある。銀行の慎重な与信姿勢にどう対処するかは、景気安定と金融システム安定の双方を担うFRBにとって重要な課題であるだけでなく、先進諸国のマクロプルーデンスにとっても貴重な実例を提供する。

回復の兆しをみせる住宅市場

 米国経済では、「財政の崖」の行方に関する深刻な不透明性に覆い隠されがちであるが、2012年夏以降、住宅市場の回復が確かなものとなりつつある。ケース・シラー指数で住宅価格をみると、主要20都市平均が年初をボトムに5%内外の反発をみせているだけでなく、バブルの深刻だったカリフォルニアやフロリダ等でも底打ちがみられた。また、中古住宅販売件数も振れを伴いながら水準を上げ、需給環境が好転するなかで、住宅着工件数も前年に比べ年率20万件近く高い水準で推移している。

 住宅市場の問題は、金融危機の震源地として深刻であっただけでなく、個人消費の回復を遅らせる要因であっただけに、その回復は米国経済の先行きにとって大切な好材料である。

住宅金融の守護神

 米国の中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)は、本来、こうした回復を誇らしげに眺めることのできる立場にある。なぜなら、金融危機が深刻化した2008年以降、住宅金融にとっていわば守護神としての役割を果たしてきたからである。

 FRBは、まず、金融機関に対する資金供給オペの担保として、民間が組成したモーゲージ債を受け入れたことに加え、2009年から2010年にかけて、いわゆる“QE1”(量的緩和第一弾)として、GSE(政府支援機関)が組成したモーゲージ債を1兆2千億ドルも買い入れた。その後も、“Operation Twist”と呼ばれる米国債市場でのオペに際して、残存20年超の債券を集中的に買入れることで、住宅金融に関係の深い超長期金利への働き掛けを行ったほか、今年の9月からは、いわゆる“QE3”(量的緩和第三弾)として、GSEが組成したモーゲージ債を毎月400億ドルも再び買い始めている。

 こうした間断のない政策対応が続いた間、モーゲージ債の利回りは顕著に低下した。すなわち、30年債は、リーマン・ショック当時の5.8%から、足許では300bp以上も低下している。もちろん、ここには景気回復が緩慢であったことや、欧州危機を反映した「質への逃避」などにより、米国債の利回りが低下したことによる波及効果も存在する。それでも、総残高が6兆ドル程度であるなかで、FRBが一時は1.2兆ドルに達するモーゲージ債を抱えるに至ったことのインパクトの大きさについては、買入れペースというフローの意味だけでなく、安定的な投資家としてのストックの意味でも、米国市場において殆ど異論は聞かれない。

FRBのフラストレーションと銀行の反論

 ところが、FRBは、住宅金融の状況が依然として十全ではないとみているようだ。金融政策を決めるFOMC(連邦市場操作委員会)の議事要旨は、ほぼ必ず、住宅金融市場が引続きタイトであるとの評価を示している。なかでも、昨年11月15日のバーナンキ議長による講演でも言及されたように、モーゲージ債の利回りが大きく低下したのに、銀行がモーゲージ貸出を行う際の金利の低下が少ない点に注目している。実際、金融危機前には両者のスプレッドが50~60bpという局面もあったが、ここ数年は100bpを下回ることがない状況になっている。

 今般、筆者が米国に出張した際には、当局ないし当局に近い立場の方々からは、その原因を住宅金融の供給者である銀行側に求める声が聞かれた。つまり、上記のスプレッドが大きいことは、銀行が従来に比べて厚い利鞘を確保していることに他ならないが、その背景として、銀行が、少なくともマクロ的には自己資本や資産の面で健全であるにも関わらず、金融危機の反動でリスクテイクに対して過度に慎重になっている可能性や、経営破綻等によって退出した先が少なくない中で、残った銀行が各地域のモーゲージ貸出において寡占的な地位を占めつつある点などに言及する向きが多かった。

 これに対し、銀行の責任に帰することへの批判も聞かれた。同じく筆者の米国出張を通じて、金融市場の関係者からは、金融危機前に比べて借り手である家計の信用状況が悪化していることを考えれば、銀行が与信条件を厳しくするのは当然という指摘が多かった。すなわち、雇用の回復も遅いし、住宅価格が回復したといっても、いわゆる“underwater”(担保割れ)の家計はまだ2割前後も残っているとみられるという訳である。

 加えて、住宅金融が金融危機の震源地であっただけに、貸出債権の売却や付保申請を巡る問題の立件が現在も続けられていることを背景に、銀行によるモーゲージ貸出のビジネスへのインセンティブ自体が失われつつあることや、リーガルリスクを回避するために過度に慎重な事務運営が行われていることについては、官民双方からその可能性を認める声が聞かれた。

政策対応に関するインプリケーション

 この問題は、中央銀行が景気の安定だけでなく、金融システムの安定を同時に担った場合に直面しうるconflict of interestの具体例という側面を持っている。つまり、FRBは、景気回復の加速を目指して大規模な資産買入れを行っているだけに、政策の波及の末端部分に目詰まりがあることにフラストレーションが溜まるであろうが、だからと言って、銀行に対して、モーゲージ貸出に関するリスク管理面でこれまでと異なる監督を行うことが適切なのかという問題に直面する。

 少なくとも現時点では、後者のように監督政策を短期的な目的に活用することへの支持は強くないようであり、各当事者の対応を通じたいわば自律的な回復を志向する動きがみられる。多少の時間を要するにせよ、モーゲージ業務の利鞘が大きく拡大すれば銀行を含むプレーヤーが再び参入するであろうし、過去の問題の立件が一巡していくとすれば、その点でも事業環境は改善する。同時に、本稿の冒頭で見たような住宅市場自体の改善がさらに進めば、潜在的な借り手の信用状況も改善を続けることが期待される。

 いずれにしても、マクロプルーデンスの文脈で抽象的に語られることの多いconflictの問題を、具体例として考えることができる意味では貴重なケースであるし、バブル退治でなく、信用条件を緩和する方向での議論である点でも、日本を含む先進国の状況にフィットしやすい。今後も動向を注目することが必要であろう。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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