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増資インサイダー事件が残した課題

2013年1月号

未来創発センター 主席研究員 大崎貞和

2012年3月以降相次いで摘発された増資インサイダー取引事件は、日本市場の公正性に対する信認を揺るがした。事件を契機に、重要事実の伝達行為を規制するといった見直しが動き出したが、公募増資のあり方や形式主義的な規制の是非といった検討課題も残されている。

増資インサイダー取引の摘発

 2012年3月以降、証券取引等監視委員会は、引受幹事証券会社の職員から公募増資に関する未公表情報を入手し、株式を不正に取引したとして、機関投資家等に対する課徴金納付命令勧告を相次いで行った(図表)。

 この増資インサイダー取引事件は、ほぼ同時期に明るみに出たオリンパスによる粉飾決算事件やAIJ投資顧問による詐欺的な資産運用といった証券市場をめぐる他の不祥事とも相まって、日本市場の公正性に対する信認を大いに揺るがした。また、インサイダー取引を行った機関投資家等に対して科される課徴金の金額が、事案によっては数万円という少額に過ぎなかったことや未公表の重要事実を投資家に伝達した証券会社の職員の行為が刑事罰や課徴金の対象とされないことが疑問視され、日本のインサイダー取引規制のあり方に対する批判が高まった。

 事件が浮き彫りにしたインサイダー取引規制の問題点については、7月以降、金融審議会のインサイダー取引規制に関するワーキング・グループにおいて、規制の見直しへ向けた検討が行われることになった。

 一連の事案で、課徴金額が少額にとどまったのは、他人の資産を運用する機関投資家の場合、インサイダー取引でファンドの得た利益が大きくても、当該利益に対応する運用報酬に相当する金額は少額だからである。一方、重要事実の伝達行為については、欧州各国ではEUの市場阻害行為指令を受けて、職務の適切な遂行として行う場合を除き禁止の対象とされている。

 今のところ、課徴金額の引き上げや情報伝達行為の禁止とともに、重要事実を知る前に決定・計画されていた売買を規制の対象から除外するといった内容を盛り込んだ金融商品取引法改正案が、2013年の通常国会に提出されることとなる見通しである。

問い直される公募増資

 増資インサイダー取引事件の背景に、一部の証券会社や機関投資家の情報管理体制の不備やモラルの低さがあったことは否定できない。それに加えて、安易とも言えるような大型増資が行われ、公募増資が売り材料となっていたという構造的な問題もあるだろう。

 2009年から2010年にかけて、上場企業による公募増資金額は2年間で8.2兆円という記録的な水準に達した。その過程では、大型増資による既存株主の持ち分希釈化が強い批判を浴びた。

 新株の発行で既存株主の保有割合が希釈化されるのは算術的に当然で、それ自体を否定したのでは増資が不可能となる。また、既存株主が保有割合を維持したければ、公募に応じて新株を取得すれば良いはずである。

 それにもかかわらず、大型増資が強い批判を浴びたのは、単に既存株主の保有割合が希釈化されただけでなく、株価の大幅な下落が生じ、その後も容易に回復しないケースが相次いだからである。増資で資金を調達したのに株価が低迷するのは、市場が、調達された資金が有効に活用され、1株当たり利益が増資前の水準に戻るという期待を抱けなかったからに他ならない。

 市場関係者の中には、かつての利益配分ルールなどの増資規制が、増資の健全化につながるという意見もあるが、一律の規制は企業の財務戦略上の選択肢を狭めるので好ましくない。安定的に保有する株主を確保するための適正なプレ・ヒアリングの制度化やライツ・オファリング(※1)の本格的な活用といった途を探り、資金調達の自由度を制約せずに増資の健全化を図る必要がある。

求められる実質主義への転換

 インサイダー取引規制のあり方をめぐっても、中期的な課題が残されている。

 日本のインサイダー取引規制では、規制の対象となる重要事実等が詳細に定義され、軽微基準も設けられるなど、構成要件が極めて厳格に定められている。こうした形式主義的な規制が採用されたのは、予見可能性を高めるためだとされる。しかし、常識的に不公正とは言い難いような取引が規制に触れる「うっかりインサイダー(※2)」と呼ばれる現象を引き起こす一方で、規制の潜脱を可能にする余地を残しているように思われる。

 1988年の証券取引法改正でインサイダー取引規制が導入された当時は、「形式犯」という受け止めが有力で、罰則も最高で懲役6ヵ月という比較的軽いものだった。その後、インサイダー取引が市場の信認を揺るがせる重大な犯罪であるという認識が高まり、罰則は懲役5年以下と当初の「10倍」に引き上げられている。

 増資インサイダー取引事件を受けた改正で、処罰範囲の拡大や課徴金の強化が行われるのは、やむを得ない。しかし、規制をより実質主義的なものへと変えていく努力を怠ったまま規制強化だけを進めれば、いたずらに市場を萎縮させてしまう恐れもあるだろう。

1) すべての株主に新株予約権を無償割当てする方法で、既存株主の利益に配慮した増資手法とされる。詳しくは、「関心高まるライツ・イシュー」(金融ITフォーカス2010年3月号)参照。
2) 例えば、2007年3月には、大手機械メーカーが、非常に小規模な金融子会社の解散前後に自社株買いを行っていたことでインサイダー取引規制違反に問われ、課徴金を科された。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

大崎貞和

大崎貞和Sadakazu Osaki

未来創発センター
主席研究員
専門:証券市場論

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