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ギリシャの政府資産売却

2012年12月号

金融ITイノベーション研究部 副主任研究員 竹端克利

広範囲にわたる資産の売却計画を進めているギリシャ政府。表面的には政府債務の削減策と映るこの計画だが、より本質的にはギリシャ経済全体の構造改革を目指した成長戦略の一環として理解されるべきである。

ギリシャにおける政府資産売却計画

 ギリシャでは、財政再建の一環として広範囲にわたる政府資産売却が進められている。計画ベースでは、ギリシャ政府は政府資産売却を通じて2016年までに111億ユーロの資金を捻出する予定である(※1)。本稿では、計画の妥当性や目標の実現可能性の評価といった点には立ち入らず、政府資産売却がもつ意味を考えてみたい。

 まず、いくつかのファクトを確認しよう。売却対象の資産は、不動産、国営事業、開発プロジェクトの3つに分けられる(※2)。不動産は、政府庁舎や税務署庁舎を中心に、30近い物件が売却される予定である。国営事業は、資源・エネルギー・上下水道・道路・港湾・鉄道・空港・情報通信・郵便などのインフラ事業を中心に売却される計画である。開発プロジェクトは、Hellinikon空港に隣接する遊休地の開発、Corfu島をはじめとするリゾート開発が含まれる。

 資産売却を円滑に進めるための工夫として、売却プロセスを一括して担う機関Hellenic Republic Asset Development Fund(HRADF)が2011年7月に設立された。同機関は、ギリシャ政府から出資を受けた6年間の時限組織である。売却予定の資産はすべてHRADFに移管され、同機関によって民間投資家に対して売却する形がとられている。売却に関する意思決定は、民間出身の専門家で構成された理事会によって行われる。この仕組みは、資産売却のプロセスを政治的干渉から独立させ、効率的に計画を進捗させるための工夫である。

 実は、この仕組みは当初から計画されていたものではない。トロイカ(EU・IMF・ECB)による2011年1月の第3次レビュー時に、「売却対象資産の所有権を一つの機関に集中させ、効率的に売却計画を推進すること」が提案されたのが、HRADF設立の契機と考えられる(※3)。設立のタイミングから逆算すると、約半年間でHRADFの設立準備と法案成立が完了した計算となる。

 これらのファクトから見えてくる現在の売却計画のポイントは、①売却対象資産が広範囲であること、②売却プロセスを政治的な干渉から独立させたスキームが採用されていること、③計画は短期間で策定されたこと、の3点に集約することができよう。

 この計画を額面通りに読むと、「債務返済に苦しむギリシャがなりふり構わず手持ちの資産を手放そうとしている」という印象を受けるのではないだろうか。

 しかしながら、この見方は一面的である。確かに、予定売却収入は債務残高の3%(※4)に相当し、債務負担の軽減に貢献するかもしれないが、当然のことながら財政再建は一時的に債務を削減するのではなく、債務残高が将来にわたって持続可能であることが担保される必要がある。したがって、財政再建にはフローの財政構造の改善が必要であり、ワンショットで得られる売却収入に過度な期待をすることは適切ではない。それでは、この資産売却はどのように解釈するべきだろうか。本稿では、ギリシャが直面しているマクロ経済面の課題との関係の中で考えてみたい。

財政再建に不可欠な経済成長。―「率」だけでなく「質」が重要

 ギリシャ政府の債務の持続可能性が担保されるためには、名目4%、実質2.5%程度の経済成長を維持することが一つの目安とされている(※5)。危機前のギリシャが7%程度の高成長を記録していたことから(※6)、数値だけを単純に比較すると「元の状態に戻せば」条件がクリアできるようにみえる。しかし、当時の経済成長の大部分は旺盛な消費によるものであり、将来に向けた投資、即ち固定資本形成が寄与した部分は小さかった(※7)。旺盛な消費は、ユーロ参加によって実力以上の購買力を手にしたことで可能になったものであり、見かけ上の高い成長率は脆弱な経済構造の上に成り立っていたのである。

 財政再建には持続的な成長が不可欠であるが、そのためには従前の経済構造を温存したまま成長率だけを「元に戻す」のでは不十分である。質的な改善、具体的には潜在成長力向上に資する投資、民間投資を伴う経済成長が求められているのである。

「成長戦略」としての側面が強い政府資産売却

 貯蓄率の低いギリシャは、国内での投資促進のためには海外からのファイナンス、つまり直接投資が欠かせない。しかし、従来からギリシャは高い労働コストや肥大化した政府部門の存在が障害となり、対内直接投資の受入額はユーロ圏各国と比較して非常に低い水準にあった(※8)。加えて債務危機以降、銀行部門からの預金流出に歯止めがかからず、資本が海外へ流出し続けている(※9)。国内での効果的な資本形成が必要だが、その原資となる資金が循環する構造になっていないのが足元の状況である。

 ギリシャが直面しているこの課題を起点に考えると、今回の政府資産の売却は、①官と民の境界線を見直して民間にできる部分は民間に開放し、政府部門のスリム化を図る、②「非効率の象徴」である政府部門の一部を民間に開放することで投資環境としての信頼を回復させ、民間セクターへの直接投資を誘発させる、③これらを通じて潜在成長力を高めるための資本形成を「民間の論理」によって促進させる、という政策パッケージとして捉えるべきである。一般に政府資産売却あるいは民営化という場合、①の効果が強調される傾向にあるが、現在のギリシャにとっては②③のウェイトが高いと考えてよい。実際に、2012年3月にギリシャ政府がトロイカに充てた書簡を注意深く読むと、政府資産売却による効果の第一に挙げられている点が対内直接投資や民間投資(固定資本形成)の促進であり、債務削減への寄与は二次的なものと位置付けていることがわかる(※10)。

 このように考えると、政府資産売却は一時的な政府債務削減を超えた、マクロ経済政策・成長戦略としての意味を帯びてくる。現在、ギリシャでは売却計画が進められており、市場関係者の関心は個別案件の売却額の予実差や計画進捗の遅れといった点に集まりがちだが、この見方は計画の持つ本来の意味、成長戦略としての意味を見落としている可能性が高い。財政危機が表面化したギリシャがどのような道筋を辿って経済構造を改革し、成長軌道に向かうのか。政府資産売却は、ギリシャ経済全体の構造変化という大きな文脈の中で捉えていくべきである。

1) 2012年10月31日時点の目標である。
2) HRADFホームページには、売却予定資産のリストが公表されている。詳細は、http://www.hraf.gr/を参照。
3) http://ec.europa.eu/economy_finance/publications/occasional_paper/2011/pdf/ocp77_en.pdfのp25を参照。
4) 2011年末時点のギリシャの一般政府の債務残高は3,560億ユーロである。
5) http://ec.europa.eu/economy_finance/publications/occasional_paper/2012/pdf/ocp94_en.pdfのp30を参照。
6) 2002年から2008年までの平均成長率は名目・実質ともに7 % である(出所:National StatisticalService of Greece)。
7) 2001年から2008年にかけての実質GDP の累積成長率は45%であるが、そのうち消費(民間消費・政府消費)の寄与分が40%を占める(出所:NationalStatistical Service of Greece)。
8) 2001年から2007年までの対内直接投資(ネットベース)のGDP比はルクセンブルクを除いたユーロ加盟国平均で4.5%程度だったのに対し、ギリシャのそれは0.9%程度である(出所:IMF「InternationalFinancial Statistics」)。
9) 2012年9月末時点の銀行預金残高は、個人預金残高がピーク時の67%、法人預金残高がピーク時の48%の水準にまで落ち込んでいる(出所:Bank ofGreece)。
10) http://ec.europa.eu/economy_finance/publications/occasional_paper/2012/pdf/ocp94_en.pdfのp107を参照。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

竹端克利

竹端克利Katsutoshi Takehana

金融イノベーション研究部
上級研究員
専門:マクロ経済分析、金融政策分析

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