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神話の構造

2012年11月号

外園康智

「『冥界の王よ、どうか私の妻を返してください。もう一度、妻と地上で暮らさせてください』 オルフェウスは叫んだ。これを聞いた冥界の王は『お前のこの無理な願いを叶えてやろう。女は後からついて地上に戻るがいい。ただし、地上に着くまでは、決して後ろを振り返ってはならぬ。もし振り返ったならば・・・』」

 これは、ギリシャ神話の一節だが、日本書記にも黄泉の国を舞台にした同じような話があることをご存知だろう。世界中の神話を研究(※1)すると、似た“構造”を持つ話が各地域にあることはよく知られている。その理由は、神話や伝承話は、親から子に、子から孫に受け継がれるにつれて、枝葉がなくなり幹の部分が人間の面白がるストーリーに変遷していくためというのが有力な説だ。

 神話は受け手たちの無意識に眠っている深層心理が表れたものであり、最初に存在しただろう物語の“本当の姿”や“語り手の意図”はここでは消えてしまう。例えば“母”をめぐって父と子が対決し、最後に父を乗り越える“オイディプス構造”は、スターウォーズをはじめ色々な物語に登場する。ジョージ・ルーカス監督の意図はどうであれ、観る者はルークとダースベーダーにこの関係構造を無意識に感じながら見てしまうのだ。

 このように世界を時代背景や登場人物の特徴などの“実存”を超えて、要素と要素の関係=構造でとらえることを構造主義と呼ぶ。そして、構造は数学や記号で記述される。

 経済や金融の世界でも、現実を抽象化して、数理を使ったモデルが存在する。その利点は、数学の理論や定理が応用可能なことだ。しかし、モデル化には、世界の本当の姿が分からなくなるという問題点がある。極端な例だが、経済学では疑いもなく、貨幣の動きで世界を記述する。しかし、貨幣のない社会や時代も存在し、そこにも当然経済的な概念はあるが、現代の経済学ではその枠組みを記述することはできない。

 普通に当たり前と思って認識している世界は、記述する際に、何かの構造、広く言えば“言語構造”に依存しているのだ。そして、その構造自身の成立ちを明らかにすることは、依存している枠組みを乗り越える試みと言える。

 ところで、冒頭の話で約束を破ってしまう理由は、幼少の頃から親が発した“禁止の言葉”を破る欲求が人間にあるからとされる。冥界の王は心理学に長けていたのだろう。

1) 構造主義の祖のレヴィ=ストロースは、似たような神話を多く集めて、小さい単位のストーリーを神話素に分割した。その神話素を並べて、構造分析を行った。ミトロジークと呼ばれる。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

外園康智Yasunori Hokazono

金融デジタル企画一部
上級研究員

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